第2話「現場に出る理由」
特別対応係は、電話だけで終わる仕事じゃない。
社内でそう定義されているわけではないが、俺はそう理解している。
翌朝、課長から呼ばれた。
小会議室のブラインドは半分下ろされ、外の光が斜めに差し込んでいる。
「昨日の返金案件、うまく収めたな」
「はい」
「……で、次だ」
タブレットを滑らせる。
表示されたのは、物流センター名と店舗名、そして“現地対応要”の赤字。
「配送トラブルですか」
「そう。表向きはな」
話はこうだ。
大型家電の配送時、設置作業員の態度が悪く、製品にも傷があったというクレーム。顧客は全額返金と担当者の処分を求めている。だが、配送会社は全面否定。店舗側は“聞いていない”の一点張り。
「三者が食い違ってる」
課長は言った。
「電話じゃ無理だ。現地でまとめてこい」
――現場に出る理由。
嘘は、距離が縮むほど聞こえやすい。
午後、郊外の一軒家に向かった。
門前で迎えたのは、五十代の男性。丁寧だが、どこか硬い。
「遠いところをすみません」
歪まない。
少なくとも、この挨拶は本音だ。
リビングには、問題の洗濯乾燥機が置かれていた。側面に、確かに擦り傷がある。
「これ、最初からです」
――歪む。
「設置のとき、床も傷つけられました」
――歪む。
感情は本物だ。怒りも落胆も感じる。
だが、“最初から”という部分だけが、音を濁らせる。
「設置時の様子、覚えている範囲で教えてください」
俺は穏やかに促した。
「二人来ました。無言で、作業も雑で……」
歪まない。
「最後に確認もせず、すぐ帰った」
――歪む。
俺はメモを取り、写真を撮った。
床の傷は、搬入経路と一致している。だが、擦り傷の高さが妙だ。台車の位置より、わずかに低い。
その場で、配送会社の現場責任者に連絡を入れた。
倉庫で合流することになる。
物流センターは、忙しない空気に満ちていた。
責任者の男は、年下だろう。受け答えは早く、言葉も整っている。
「うちの作業員に非はありません」
――歪む。
「傷は、設置後に付いた可能性が高い」
――歪む。
連続して聞こえる歪み。
ただし、恐らく“全体が嘘”ではない。
「当日の作業ログ、見せてください」
「もちろん」
ログは揃っていた。時刻、担当、チェック項目。
だが、確認欄の一つに手書き修正がある。
「ここ、誰が直しました?」
「……私です」
歪まない。
正直だ。
だが、正直=正しい、ではない。
店舗にも足を運んだ。
店長は最初から防御的だった。
「配送は外注ですから」
――歪む。
「こちらでできることは限られていて」
――歪む。
三者三様。
全員が、少しずつ嘘をついている。
俺は時系列を並べ直した。
設置直後、顧客は稼働確認をしている。その時点で異音なし。
その夜、初回の乾燥運転。
翌朝、側面の傷に気づく。
「初回運転のとき、何かしましたか」
顧客は少し考えた。
「洗剤を……多めに入れました」
歪まない。
配送責任者が口を挟む。
「それで振動して——」
「待ってください」
俺は傷の高さを指差した。
「振動で付く位置じゃない」
全員が黙った。
沈黙は、歪まない。
「設置後、誰か触っていませんか」
顧客が、目を伏せる。
「……子どもが、ぶつかったかもしれません」
歪まない。
そこだった。
顧客は“最初から”を嘘ついていた。
配送会社は“非はない”を嘘ついていた。
店舗は“関係ない”を嘘ついていた。
だが、誰も全体を把握していなかった。
俺は結論を提示した。
傷の修復費は会社負担。
床の補修は配送会社と折半。
返金はしない。代わりに延長保証。
全員が、不満そうに頷いた。
完璧な満足はない。だが、納得はある。
帰社後、課長が言った。
「よくまとめたな」
「嘘が多かっただけです」
デスクに戻ると、また通知。
知らない番号。
『現場に行くと、判断が変わりますね』
文面を読んだ瞬間、耳の奥がざらついた。
歪みがある。
誰だ。
顧客か。配送か。社内か。
俺はスマホを伏せ、深く息を吐いた。
嘘は、電話よりも、現場でよく鳴る。
そして一つ分かった。
――俺が現場に出る理由を、誰かが見ている。




