表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話「現場に出る理由」

特別対応係は、電話だけで終わる仕事じゃない。

社内でそう定義されているわけではないが、俺はそう理解している。

翌朝、課長から呼ばれた。

小会議室のブラインドは半分下ろされ、外の光が斜めに差し込んでいる。

「昨日の返金案件、うまく収めたな」

「はい」

「……で、次だ」

タブレットを滑らせる。

表示されたのは、物流センター名と店舗名、そして“現地対応要”の赤字。

「配送トラブルですか」

「そう。表向きはな」

話はこうだ。

大型家電の配送時、設置作業員の態度が悪く、製品にも傷があったというクレーム。顧客は全額返金と担当者の処分を求めている。だが、配送会社は全面否定。店舗側は“聞いていない”の一点張り。

「三者が食い違ってる」

課長は言った。

「電話じゃ無理だ。現地でまとめてこい」

――現場に出る理由。

嘘は、距離が縮むほど聞こえやすい。

午後、郊外の一軒家に向かった。

門前で迎えたのは、五十代の男性。丁寧だが、どこか硬い。

「遠いところをすみません」

歪まない。

少なくとも、この挨拶は本音だ。

リビングには、問題の洗濯乾燥機が置かれていた。側面に、確かに擦り傷がある。

「これ、最初からです」

――歪む。

「設置のとき、床も傷つけられました」

――歪む。

感情は本物だ。怒りも落胆も感じる。

だが、“最初から”という部分だけが、音を濁らせる。

「設置時の様子、覚えている範囲で教えてください」

俺は穏やかに促した。

「二人来ました。無言で、作業も雑で……」

歪まない。

「最後に確認もせず、すぐ帰った」

――歪む。

俺はメモを取り、写真を撮った。

床の傷は、搬入経路と一致している。だが、擦り傷の高さが妙だ。台車の位置より、わずかに低い。

その場で、配送会社の現場責任者に連絡を入れた。

倉庫で合流することになる。

物流センターは、忙しない空気に満ちていた。

責任者の男は、年下だろう。受け答えは早く、言葉も整っている。

「うちの作業員に非はありません」

――歪む。

「傷は、設置後に付いた可能性が高い」

――歪む。

連続して聞こえる歪み。

ただし、恐らく“全体が嘘”ではない。

「当日の作業ログ、見せてください」

「もちろん」

ログは揃っていた。時刻、担当、チェック項目。

だが、確認欄の一つに手書き修正がある。

「ここ、誰が直しました?」

「……私です」

歪まない。

正直だ。

だが、正直=正しい、ではない。

店舗にも足を運んだ。

店長は最初から防御的だった。

「配送は外注ですから」

――歪む。

「こちらでできることは限られていて」

――歪む。

三者三様。

全員が、少しずつ嘘をついている。

俺は時系列を並べ直した。

設置直後、顧客は稼働確認をしている。その時点で異音なし。

その夜、初回の乾燥運転。

翌朝、側面の傷に気づく。

「初回運転のとき、何かしましたか」

顧客は少し考えた。

「洗剤を……多めに入れました」

歪まない。

配送責任者が口を挟む。

「それで振動して——」

「待ってください」

俺は傷の高さを指差した。

「振動で付く位置じゃない」

全員が黙った。

沈黙は、歪まない。

「設置後、誰か触っていませんか」

顧客が、目を伏せる。

「……子どもが、ぶつかったかもしれません」

歪まない。

そこだった。

顧客は“最初から”を嘘ついていた。

配送会社は“非はない”を嘘ついていた。

店舗は“関係ない”を嘘ついていた。

だが、誰も全体を把握していなかった。

俺は結論を提示した。

傷の修復費は会社負担。

床の補修は配送会社と折半。

返金はしない。代わりに延長保証。

全員が、不満そうに頷いた。

完璧な満足はない。だが、納得はある。

帰社後、課長が言った。

「よくまとめたな」

「嘘が多かっただけです」

デスクに戻ると、また通知。

知らない番号。

『現場に行くと、判断が変わりますね』

文面を読んだ瞬間、耳の奥がざらついた。

歪みがある。

誰だ。

顧客か。配送か。社内か。

俺はスマホを伏せ、深く息を吐いた。

嘘は、電話よりも、現場でよく鳴る。

そして一つ分かった。

――俺が現場に出る理由を、誰かが見ている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ