答えのでないタロットリーディング
ブックカフェたまるの引き戸に人影が映った。
「マスター、誰か来ましたよ」
私はマスターにそう声をかけると、占いコーナーの席を立って引き戸を引いた。
「ありがとう。これ、こうやって開けるんだね!自動かと思ってずーっとドアの前に立ってたんだけど開かなくて困った」
入ってきたのは男の子、大学生くらいに見えた。マスターが「いらっしゃいませ。ブックカフェたまるは初めてだよね?」と聞くと「初めてです。占いをしてもらいたくてきました」と答えてくれた。
私にはタメ口でマスターには敬語。どうやら人を見て対応を変えるらしい。自己紹介をしてもらったら、実際、大学生だった。名前は雄太君。バイト先で在学中の大学をFランだと馬鹿にされて辞めようか迷っていると言う。
「バイト先の店主は昭和生まれの中卒で高校にも行ってないのに」
雄太君は語気を強めてそう言った。悪気がない分、問題発言では。私がそう考えていると、おじいが諭してくれた。
「雄太君、義務教育のみの終了者に偏見を持っていませんか?様々な理由で進学できなかった方は、昭和生まれでなくても平成・令和の時代にだっていたでしょう」
雄太君はおじいの発言にシュンとなった。
「偏見を持っているように見えたんですか?」
おじいは、慌てて雄太君に言葉をかけた。おじいは人を傷つけたり不愉快にさせることが大の苦手なのだ。
「私の発言が不愉快だったなら謝罪します。お嬢の方が聞き上手ですね、私より」
おじいからバトンを渡されたのを理解したので、雄太君に尋ねてみた。
「バイトを辞めたいんですか?」
「うん!」
マスター田丸が口を挟んできた。いつも通りの対応。
「辞めるばいいだけの話しではないかい?」
雄太君は「辞めたいけど逃げたくはないんです」と答えた。
「オレ、勉強できないけど、バカではありません」
「勉強しても成績が上がらないのではなく、勉強すれば。つまり、やればできるのにやらないだけ、ってこと?」
からかっているな、マスター田丸。確かにからかいたくなるタイプだ、この男子大学生は。ストレートで正直だからだ。
「勉強できるかどうかで頭がいいか悪いか決まるなら、学歴で頭の良し悪しを判断するのと同じ。オレは学歴で人を判断してません」
私は雄太君に大学について訊いてみた。
「Fラン大学って、在籍している大学のこと卑下しているみたいに聞こえたんだけど、どう思っているんですか?」
雄太君は一瞬間をおいた。
何か聞いては悪いこと聞いたようだ。
「ヒゲ?」
「えっ?」
「ヒゲって……」
そこか、黙った理由は。卑下という言葉を知らなかっただけだったのか。
顔を真っ赤にしている雄太君に悪いと思い、おじいとマスターと私は笑うのを我慢している。
「やっぱ、バカですか、オレ?」
この雄太君のセリフが3人の大笑いを誘ったのだが。無邪気だから憎めないタイプ。雄太君は一言呟いていた。
「なんか、緊張がとけた……」
「君、緊張してたの?そんなふうには見えなかったけど」
マスター田丸はにこやかに語りかけた。
「初めての占いは、敷居が高い、です」
マスター田丸はにこやかなままだ。
「なんでですか?」
私が尋ねると雄太君は「得体の知れないものにお金を払うからだよ」と正直に話してくれた。なるほど、正体不明なのか、彼にとって占いとは。
「それで、本当はどうしたいのですか?」
雄太君は語気を強めてこう答えた。
「どうにかしてやっつけたいんだ!」
私は了解した旨を告げるとタロットカードをシャッフルしだした。ただ、釘だけは刺しておいた。
「呪いをかける要望は受け付けていません」
「呪い⁈」
「依頼されたことはないけど、そういうのもあるらしいんです」
「呪いをかけてほしいくらいだけど」
「呪い、は、呪った本人に2倍になって返ってくる。そう言われているから、私はしません」
「わかった。頼まないよ」
カードを展開し間があって、私は呟いた。「なんて言ったらいいか……」
私が展開されたタロットカードを目の前に、そう言葉を濁すと、おじいとマスターが驚いた。
「お嬢が迷っていますね」
「今までにない状況ですが」
雄太君は私の目を見ながら「ちゃんとやらないと、お金払わないよ」と憮然と言い放った。
雄太君のそのセリフに、私は不愉快さを顔に出さないように努めたが無理だった。いや、顔には出なかった。だけど、声に出た模様。
「オールリバース!」
「なに、それ。まずいの?」
「わからない」
「わからないって?」
「どうしてオールリバースになったのか。それがわからないの」
マスター田丸が「いったい、オールリバースとは何ですか?」と質問してきた。私が黙ったままでいると再びマスター田丸が同じ質問をしてきた。集中していた私はその質問を無視する形になり、数分経って我に返り「わかりました」と大きな声で発言したのだった。
マスター田丸が苦笑していた。
「マスター、どうされたんです?」
「いやあ、どうもこうも……」
おじいが微笑みながらこちらを見ている。
「スイさん、オールリバースとは何ですか?」
マスター田丸の質問に答える。
「オールリバースですか?全てのカードが逆位置、つまりリバースの状態で」
そう私が意気揚々と説明しだすと、おじいとマスター田丸と相談者の雄太君がふんふんと聴いてくれている。
「質問に対してタロットカードが回答を拒否しているんです」
説明し終わるとおじいとマスター田丸が大笑いし出した。笑いが止まらないという感じ。
「そんなにおかしなこと言いました?わたし」
「お嬢、それでは占いにならないではないですか!」
「そうですよ、スイさん。柳ヶ瀬さんのおっしゃる通りだと思います。悩みを相談されて聞いているだけと同じですよね?」
マスター田丸は雄太君に向かって「料金払う?」と止まらない笑いと共に質問した。雄太君は「いやあ、どうしよっかな」と困っていた。
「オールリバースの場合、大抵、タロットカードが自分で考えなさいと告げているんです。質問の内容が占うことではない、と」
「わかった!じゃあ、みんなで考えてくれたら、ちゃんとお金、払うよ」
おじいが「いいですよ、私の得意なことですからね」と請け合ってくれると、マスター田丸も「法律に関係することなら相談に乗れます」と同意してくれたのだった。
だが、雄太君は私の占いのお客様。
なんとか占いのツールなしで回答しようと私は頑張ってみたのだが……。
「試しに、今度来る時には客ですから、と冷静に口にしてみたら、どう?」
頭に浮かんだ回答がこれ。
「冷静に?無理だろう、雄太君には」
マスター田丸が横やりを入れてくるのを脇に置いて、雄太君は叫んだ。
「それだ!そう言って次の日に仲間を連れてくればいいんだ!」
そのまま2人であーだこーだと騒いでいたが、それまで沈黙していたおじいが突然口を開いた。
「本当にそれでいいんですか?」
「えっ?」
雄太君がおじいの方を見る。
「雄太君は喫茶店の店主からお給料をいただいているんですよね?払ってくれないなら問題ですが、きちんともらっているなら問題はありませんよ」
おじいの真剣さに私も雄太君も言葉を失っていた。
「いざこざは何処にでもありますよ。それを切り抜けていきのが大人になって行く道です」
「だから、切り抜けようとしているんじゃん!」
「嫌がらせをするのが解決方法なのですか?」
マスター田丸が言葉を発した。
「逆に営業妨害で警察を呼ばれてしまうかもしれないしね」
私は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
法学部卒業にしては解決策がお粗末だと思われたかもしれない。
仕方がない、そう心の中で自分をなぐさめた。司法試験突破組とはレベルが違うんだから、そうも呟いたのだった。
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