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マスターが失くしたモノ

私がブックカフェたまるの専属占い師に大抜擢されてから約1カ月が過ぎようとしていた。近所に認知されておらず、今までに相談を受け占ったのは琴小田みつきさんひとりだけ。

 私は再就職に向けて就活をしながら、ブックカフェたまるに通い詰めている。

経験豊かなおじいに仕事探しの相談をしようとしながらできないでいた。

 次の職場が決まるということは、居心地のいいブックカフェたまるで占い師をできなくなることと同じだからだ。就活にも力が入らないのはそんな理由から。

 でも、でも、稼がなくてはこの先の生活が不安定になる。結婚せずに1人で生きていく、そう考えているからだ。

 ブックカフェたまるで座っていると、引き戸が開いた。

「こんにちは」

 明るい声で挨拶があった。みつきさんが、また、来てくれたのだ。

「翠さん。私の同僚の困りごと、相談にのってくれませんか?」

 みつきさんがそう言うと、マスター田丸が「料金はいただきますよ、琴小田さん」と応じた。

「もちろんです。同僚を連れてきますね、近日中に」

「あっ、大丈夫ですよ、リモートでも」

「リモート⁉︎」

 おじいとマスターが同時に大きな声を上げた。

 びっくりした。何がそんなに不思議なんだろう?

 おじいが「そういえば、電話占いという代物があるとか」と言えば、マスター田丸は「そうですねぇ、オンライン占いとかもあるそうですし」と言う。

 私はこの人たちのコミュニケーション能力が高いと感じている。

受け答えのリズムがいいし、こちらからの問いかけにも瞬時に反応してくれるから気持ちがいい。

 私が「相談内容は、どんなものですか?」と聞けばみつきさんが答えた。

「占いのカテゴリーに分類するなら、失せ物、になります」

「探したんですか?」

「探したそうです」

「失くした物は何です?」

「それが、マイナンバーカードだそうです」

「えぇっ⁈」

 おじいとマスター田丸が同時に驚く。このお2人はシンクロニシティが強いらしい。

 シンクロニシティ、心理学者ユングが唱えた概念。意味のある偶然の一致を指すが、別名を共時性とも言う。

「それはマズイですねぇ」

「お嬢、失せ物探しは得意ですか?」

 得意もなにも、そんな相談受けたことないです……

「初めてです」

 みつきさん頼み込むような眼差しを向けてくる。

「家の中を探しまくったそうです」

 確かにマイナカード紛失は重大事故だ。

「おかげで家中の整理整頓ができたそうですけど……」

 その情報は必要ないと思う。

「占いましょう」

「えっ?いまですか?」

「はい。みつきさんを通して同僚の方を占います。代理人のようなものです」

「そんなこともできるのですか、お嬢」

 おじいが興味深げに聞いてきた。

「スピリチュアルカウンセラーのリモートヴュ-イングみたいなものです」

みんな、私が何を言っているのかわからないらしく、誰もうなずいてくれなかった。けれど、言葉を続けた。

「みつきさん、対面にお座りください」

「はい」

「探した場所はどこですか?」

「自宅と会社です。交番にも落し物として届いていないか聞きに行ったそうです」

「それで見つからなかったんですね?」

私はタロットカードをシャッフルして2つの山に分けひとつにまとめ、次に3つに分けまたひとつにまとめる。

 このいくつかの山に分けひとつに戻すことをカードを切るという。私は、自宅・会社・その他の3か所にそれぞれ過去・現在・未来の3枚、合計9枚を正方形に並べた。

「私が考えた展開法です」

 とりあえず説明がてらそう口にしてみたが、誰も何も言ってくれず黙っている。

 最終結果から表に返すと、どうやら会社にあるらしかった。次に会社の場所の3枚をすべてひっくり返す。

「過去にはなく、現在にもなく、未来にはある……。多分、会社で見つかります」

「どういうことでしょうか」

「今は他の場所にあり、近い将来、会社にあるということになるようです」

「みつかるってことなんですね!」

「そうです。Yes or No占いで、1枚引いてみましょうか」

 みつきさんが「これ」と引いた1枚は正位置だった。

「大丈夫。みつかります」

「よかったぁ」

 みつきさんが私の占いを信じてくれるのはうれしいが、カードを読み切れず当たらなかったら……

 申し訳ないと思う。

 現にそういうことを何回も経験済みだし。

「カード占いが当たらないのではなく、読み手の力量不足。あるいは、今は答えを知るべきではない時期なのかもしれません」

 占いスクールの講師はそう指導してくれた。マスター田丸が黒縁メガネをいじって、何か言いたげだった。

「マスター、何か言いたげ……」

「今度、会社で見つかるってことですか、マイナカードが」

「さぁ、それは。断定できません」

 マスター田丸は、いまいち私の占いを信じていないらしい。

 まぁ、いいけど。

「30分1000円。そして席料300円。合計1300円をいただきます、琴小田さん」

 マスター田丸の冷静な声がブックカフェたまるに響いた。


「みつきさんからLINEがきました」

 マスター田丸に私がそう報告すると、マスターは「ブックカフェたまるのLINEに登録してくれたですね」と応じてくれた。 

 おじいが「何とおっしゃっているのですか?」と聞くので、私が「この間の占いについてですが、会社で見つかったそうです」と告げた。

 マスターとおじいが「すごい……」とだけ呟いたのだった。

 みつきさんの同僚が出勤したところ、紙袋がロッカーの前に置いてあって、その中に貸したマンガ本とマイナンバーカードがあったそうだ。その紙袋には、みつきさんの同僚が貸していたマンガ本10数冊が入ってたが、誰もマイナカードの存在に気づかなかったらしい。

「みつきちゃんの同僚が誤って混入させてしまったのですね」

「スイさん。占いが当たりましたね、また」

「マスター、お褒め頂きありがとうございます」

 ブックカフェたまるは土日祝日も運営している。みつきさんはいつも会社が休みの日に来てくれる。

 最初に訪れた時は、自分から休みをとって来てくれたのだそうだ。

 それほど切羽詰まっていたのだろう。

 知名度が全くない占い師にお金を払って相談しにくるのだ。おじいの口コミで私のことを知ってくれたのだけれど、この縁を大切にしたい。

 みつきさんが土曜日にブックカフェたまるに来てくれて、みつきさんの同僚が会社で失くしたマイナンバーカードを見つけた時の状況をリアルに話してくれた。

「私が出勤したら同僚と門の前で鉢合わせしたんです。翠さんから聴いた結果を話しながらロッカールームに行ったら、彼女のロッカーの前に紙袋が置いてあったんです。メモがクリップで留めてあって、ありがとう面白かったよ、と」

 みつきさんは話しながら興奮が収まらない様子。

「同僚が、これ、私が貸したんです、って。そこで2人でピンときたんです」

 将来、会社にあるが、今は他の場所にある……

「急いで中を見たら底の方に同僚のマイナカードが隠れていたんです」

 みつきさんと笑いながらマスターがいれてくれた本日のコーヒーを飲んだ。みつきさんは、差し入れを持ってきてくれて、みんなで食べた。

 問題が解決してホッとしながら楽しんでお店を後にした。


 翠とみつきが帰った後、男性2人がブックカフェたまるに残った。

おじいがマスターに話しかける。

「田丸さんも、お嬢に占ってもらったらいかがですか?」

「占う?何をですか?」

「お嬢と田丸さんの恋の行方をですよ!」

「柳ヶ瀬さん、やめましょうよ、その話は」

「いいじゃないですか、名前を伏せて、リモートということで」

「スイさんに聞くんですか?スイさんとの恋愛について?」

「そうですよ!田丸さんももう33才。次の誕生日で34才。所帯を持つことも視野に入れたらどうですか?」

「……おせっかいです」

「なんとでも!おせっかいおじい、大万歳でしょう」

「柳ヶ瀬さん、私は」

「昔の恋の痛手が忘れられませんか」

 マスター田丸は口をつぐんだ。

 図星だったのである。


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