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翠が占いをする理由

 質問者であるみつきさんが「浮気なんてしていませんから」と困惑気味に言うと、私は「恋人のカードの逆位置が出ました。これは恋愛の成就でも悪いものを指すことがあるんです」と答えた。

 もしかしたら……

「横恋慕ってやつかな?」

「どういうことですか?」

「別れなくていいのに三角関係、との意味を考えてみたんです」

みつきさんは感心したように「そんなふうに占うんですか……」とだけ言った。


 質問者が鑑定料1000円と席料300円を払って、ブックカフェたまるから出たのは午後3時過ぎ。

 その後、私はおじいとマスターから質問攻めにあっていた。

「お嬢、いいのですか?病気が治癒するなど、断定してはいけないのではありませんか」

「確かに。医療法に抵触しますね」

「わかっています!けど、占っている時は歯止めが効かなくなるんで。見逃してください」

私が周りからよく言われることが、占いと議論をしている時に人間が豹変すると言うこと。

自分では自覚が無い。

「先ほどの横恋慕はどうなったんです?」

「それはですね、キーワードです。隣り合わせのカードに中傷してる人がいるとのカードも出ていますから、私は横恋慕している男性がいるとみました」

「なるほど!そういうことですか。お嬢、それなら結婚云々はどうなるんです?」

「これ以上は何も言えません。結果待ちですね」

 マスター田丸が興味津々だった。将来、法曹界の住人になる男性が占いを信じるとは、私の方が驚いている。

「マスター、占いを信じるんですか?」

マスター田丸は「まぁね」とだけ呟いた。

「うつ病は再発しやすいのですが、みんさん、社会復帰しているものなんです」

 コーヒーカップを洗ってい終わったマスター田丸が口を開いた。

「スイさん、詳しいですね」

「実は、両親が医療従事者なんで」

おじいが感心したようにうなずいている。

「看護師さんかお医者さんですか?」

「母が医者で父が看護師なんです」

私はお2人の反応を期待した。

「お父さんが看護師で、お母さんが医師ですか。逆玉ですね」

マスター田丸、やはり、そうきたか。

逆玉。玉の輿に乗る、つまり社会的階層が自分より上の伴侶を持つ、こと。通常、エリートか資産家の男性に女性が嫁ぐことを指す。

「お嬢。お嬢は医学には進まなかったのですか?」

「おじい、私、幽霊が怖くて病院勤務は無理だと考えたんです」

 私の真面目な回答にお2人は大笑いしたのだった。

 私の父は今で言うところのイケメンで若い頃は相当モテたらしい。自分の容姿にコンプレックスを持っていた母が「この人の赤ちゃんが産みたい」と猛アタックを開始し見事射止めたとのこと。

 そんな両親の馴れ初めを話すとお2人は感心して耳を傾けて聴いてくれた。

「スイさんは、親御さんのどちらに似たの?」

「私ですか?!」

マスターのこの質問にドキッとしながら私は「父親に似ているとよく言われてます」とだけ告げた。

 どうしてそんなことを聞くんだろう……

 マスター田丸は、私の方をじーっと見ていたが、不意に視線を逸らし顔を逸らしてしまった。

 なんだったんだろう

 少し赤くなった自分の頬に手を当てて熱を冷ます。

 気を取り直してタロットカードをしまい出すと、おじいが拍子抜けしたようにこちらを見ているのがわかった。


 後日、また、みつきさんがブックカフェたまるを訪れてくれた。

 結果報告みたいだ。

「聞いてください!翠さんの占い、当たりました!」

おじいもマスターも、みつきさんの方を向いて笑顔で挨拶をした。

「いらっしゃいませ。スイさんも先ほどいらっしゃいましたよ」

「こんにちは、みつきちゃん。よろしかったら、どういう結果になったのか教えてもらえませんか?」

「もちろんです!翠さん、ありがとうございました。悩みが解決しました」

 そう言って私の前の席に座った。

 話はこうだ。

 みつきさんの会社に40代の男性がいて、みつきさんとは何の面識もないのにSNSにみつきさんとあたかも結婚を前提にお付き合いしているような投稿をしていたのだそうだ。

 「それは、よくバレましたね」

私がことの成り行きに驚くと、みつきさんは「社名を出しちゃったんです。バカですよね」と笑った。

「みつきさん、大丈夫なんですか?不愉快じゃありませんか?」

「不愉快ですよ。でも、その男性は派遣社員だったので即解雇になりましたから」

マスターが「もしかして、至る所で同じようなこと、していませんかね?」と応じた。

「そうなんです。よく分かりましたね!」

「常習犯てことですか……」

「みつきちゃん、彼氏さんとのことはどうなったのですか?」

「はいっ!その男性の席に彼を起用したいと、上司がおしゃってくれて。彼も時間給なら、定時に上がればいいだろうし、って……」

 ポロポロ、彼女は泣いていた。

 よっぽど嬉しかったんだろう。

「死にたい、と言わなくなりました。今は治療に専念して、様子を見て派遣さんになりたいと」

「席が埋まってしまいませんか?」

私がそれとなく聞くと、みつきさんは「上司が、派遣でいいと了承してくれるなら、席を用意するそうです」と嬉しい報告もしてくれた。

 一気に曇り空が晴れ渡って快晴になったように、ブックカフェたまるの雰囲気が変わった。

 「琴小田さん。ご結婚はやめるんですか?」

 白々しくマスター田丸が質問している。

 やめるわけがないだろうに

「いいえ!彼が、こんな俺だけど、側にいて欲しいって」

「みつきちゃん。お仕事は続けなさいよ。私たちの世代と違って、今は共働き世帯が主流なんでしょ?結婚して旦那さんに何かあったら、奥さんの収入が重要になる」

「わかってます!翠さんのアドバイス、よおく考えて結論をだしたんです。彼と結婚したいんです。彼と家庭を築きたい。赤ちゃん、は、まだ、考えないことにします。彼に負担になるから……」

 占いをやっていて誇らしく感じる瞬間だった。質問者の晴れ晴れとした表情をみるとそう思う。

 マスター田丸が口を挟んできた。もう、慣れたけど。

「覚悟ができたんですね」

 みつきさんはうなずいた。

 正社員から派遣社員か、それも有りなんだな、男の人でも。

 私は口には出さなかったけれど、彼は妥協したんだと思っている。

 みつきさんを繋ぎ止めておくために。

 彼女の不安と自分の不安定を消すための選択が派遣社員だったのだ。

 私も正社員にこだわらず、非正規雇用も視野に入れた方がいいかな?

 悩みどころだ。

 折を見て、おじいに相談に乗ってもらうとしよう。

 おじいのいうとおり、結婚には責任が伴う。子供を望むのならなおさら。習い事をさせ大学まで行かせる、そんな責任以前に食べさせていかなければならない。

 住まいを用意し、日に三度の食事を用意する。これがどれほど大変か。

 私は精神科看護師の父の話を聞いていて、そう痛感している。

 私は恵まれている、だからこそ、父は世の中のことを教えてくれているのだろう。

 もちろん、氏名を明かすことはないけれど、悲しい事例はたくさんあるようだった。時々、涙ぐむ父の姿を見ていた。

 弟は精神科医になると言って猛勉強のすえ国立医学部に進学している。おそらく、マスター田丸の後輩になるはずだ、学部は違うけど。

 お金が全てだと思わない。けれど、お金があればできることがたくさんある。

 私は私大の法学部だが、Fランクに近い大学を奨学生で卒業した。実家に余裕があるからと使いたい放題ではいけないと思ったからだ。

 後日、母に感謝された。いつか、診療所を開く夢が近くなったと。母は整形外科の医師。見た目にコンプラックスを持ち、恋愛をためらう女性を救いたいのだそうだ。この前、初めて聞いた。

「私は結婚しないだろうな」

結婚は責任が重すぎるから。そんな呟きは誰にも聞かれることなく空中に消えていった。

 私はおじいたち3人を残してブックカフェたまるを出た。


「田丸さん、お嬢の呟き、どう思いましたか?」

「あぁ、あの、結婚しない発言ですか?」

「どうですか?」

「どう、と言われましても」

「これは由々しき事態ですよ!あの若さで、それも美人で頭もいい才色兼備の女性が、結婚を諦めているんですよ!」

「諦めているわけじゃないのでは?現代の結婚は自由が売りですからねぇ」

「田丸さん、お嬢を気にしているんでしょう?試験勉強も終わったのだから、恋愛に興味を移してもいいんじゃないですか?」

「柳ヶ瀬さん、飛躍しすぎですよ!そんなに興奮すると血圧が上がってしまいますよ!」

「あのぉ」

「まだ、いたんですか?琴小田さん」

彼の声は冷たかった。

「ひどい……。お代、置いていきますね。本日のコーヒー300円。田丸さんは翠さんがお好きなんですか?」

「2人してやめてください!私はこれから司法修習生として集中しなければならないことがあるんです!」


「マスター、占いを信じるんですか?」そう聞かれて本心を言えなかった。本当は「貴女が言うことだから信じるんです」、彼はそう言いたかったのだ。















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