占い師デビュー
ブックカフェたまる?何がたまるんだろう、ポイントが貯まるのかなあ、利用すると。
「翡翠のスイです」
名前を聞かれてこう答えた。
「ミドリじゃないんですか?」
「はい、スイと読んでください」
そのブックカフェの男性は筋肉質の大きな体と大きな黒ぶちメガネが妙にマッチングした頭の良さそうな人だった。
『この人が店長だよね、きっと』
「店長さん」
「マスターと呼んでください」
「じゃあ、マスターさん」
「さん、は、いりません」
「なぜですか?」
「社会の常識です。管理職などの役職にも通常、さん、は付けません」
『こわいな……』
「わかりました」
ブックカフェたまるには他にもう一名、グレイヘアの男性がいる。
「田丸さんのおっしゃることを受け入れるならば、お嬢さんもお爺さんにも、さん、は要らないですね」
マスター田丸は黒ブチめがねの奥でつぶらな黒目をまぶたでみえなくしたりしながら不思議そうにしていた。
その反応を見届けてグレイヘアの男性は私にむかって「お嬢もおじいも役職のようなものです。名前ではないし、ある種の社会的地位みたいなものですから」とにっこり笑ってくれた。
だが次のひとこと「お嬢は仕事をしていないのですか?」には、痛いところを突かれた。
平日の昼間にカフェでお茶を飲んでいられる人種。それは、専業主婦か定年退職者、もしくは学生。私は結婚していないし、まだ20代で定年にはほど遠い。大学を卒業して1年も経たない身。
「失業中です」
私はおじいにそう回答した。おじいは目を見開き面白そうにこちらに身を乗り出してきた。
「話を聞いてほしくはありませんか?」
「話を聞いてほしいです、ぜひ!」
私は学卒で勤めた会社が倒産してしまった話をした。ハローワークからの帰り道、電車代やバス代を節約して徒歩で帰宅しようとした。そしたらこのブックカフェに遭遇したのだ。扉の前に立ったが開かなかったので手で開けた。そうしたら「こんにちはー」と声がして四方の本棚の壁に守られるようにしてマスター田丸が立っていた。
「看板にブックカフェってあったけど、お茶も飲めるの?」
「はい。ハンドドリップで本日のコーヒーのみのサービスとなりますが、どうされますか?」
どうされますかと言われても、本日のコーヒーのみでは選びようがない。私は心の中でクスッっと笑い、席についてカバンを下ろした。マスター田丸は説明を続けた。
「席料を300円いただければ、食べ物や飲み物を持ち込んでもOKです」
ああ、そういうこと……。
私は本日のコーヒーを注文した。
「コンビニで買ったパンがあるから。本日のコーヒーと一緒に食べます」
「かしこまりました」
「あっ、本日のコーヒーっておいくらですか?」
席料以上の500円とかだったら、お財布に痛いかも。
「300円です」
良かった!
私はおじいとマスターに話を聞いてもらってスッキリした気分になった。
おじいは少し考え込んでから「ハローワークはどうでした」と返答に困る質問をしてきた。どうだったか、漠然としすぎてどう答えばいいのかわからなかった。まだまだ仕事は見つかっていないし。
「会社都合退職と同等の扱いだと言われました」
「つまり、手当がすぐに出るわけですね」
「よくご存じですね!そのとおりです」
「お嬢はこれから職を探すのですか?」
「はい」
私たちは会話に一区切りをつけて、それぞれの本日のコーヒーに口をつけた。
「おじい、は?」
「私ですか?私は定年退職して65才まで貯金で食べてる62才です」
マスターが口添えしてきた。
「柳ヶ瀬さんは、ここら辺の公民館活動の主軸だったんです」
どうやら、おじいの名字は柳ヶ瀬さんらしい。
しかし、気になる。「主軸だった」は過去形だ。
おじいはコーヒーカップから視線を逸らし、遠くを見るような表情をした。
「人間関係がいやになって下りたんです。ですが、人の悩み事をきくのが好きで、こうやってブックカフェたまるにくる方々と話しをしているんです」
「ブックカフェを開こうと思ったときに、新本を購入する資金が足りず、柳ヶ瀬さんのツテで古本をたくさん寄付してもらったんです」
なるほど。状況は飲み込めました。
マスターは言葉を続けた。
「私の悩みも聞いてもらってます」
照れ笑いをするマスターにおじいは「聞いているだけだけどね」と大笑いした。
私は「占ってみます?」と何気なく2人の会話に参加すると一斉に視線がこちらを向いた。
「占い、ができるんですか?」
「はい、学生時代に週一でスクールに通ったことがあります。プロの認定証をもらいました。昔から相談を持ちかけられる方で、問題解決のために占いを活用していたんです」
「当たるの?」
「そうなんです!当たると言われています。だから、家族に占い師を目指せば?って言われているんです」
「珍しいご家族ですね、占い師を娘の職業に勧めるとは」
「確かに。不安定な職業ですし。バズれば高収入ですが」
私はマスター田丸に訊ねてみた。
「マスターの悩みってどんなんです?占いますよ」
そう言って下に置いたカバンを持ち上げテーブルの上で中からタロットカードを取り出した。
「年季が入ってますね」
これはおじいの感想。
「常時、携帯しているの?まさか!」
マスター田丸の驚きに応えるようにうなずいた。
「はい、いつも持っております」
「なぜ?」
「お守りにもなると言われているんですよ、占いのツールは」
ツール、つまり、道具としてのタロットカードは私を守ってくれている。イエス・ノー占いで一枚引きするなんてしょっちゅう、それが外出時でも。これが当たるから迷った時にとても心強い味方だ。
マスター田丸は、ふうっ、とため息をつくとブックカフェを開店した理由を話し出した。どうやら、悩み事とはブックカフェたまるに関係する事らしい。
「ここをワークスペースにしようとしたんですけどね。初めはコーヒーを出さずに持ち込みだけの本もない殺風景な空っぽの部屋だったんですよ」
心なしかマスター田丸の声が小さくなっていく。
「私は司法試験を受験してまして……」
司法浪人生か?
「スイさんは司法浪人生という言葉をご存じですか?」
「知ってます。私、法学部卒なんで……」
「そうですか。私はそれなんです。司法浪人生なんです。会社員を辞めてロースクールに入学したんです。少しでも収入になって勉強ができれば、と考えましてここをオープンしたんです」
おじいが言い淀むマスター田丸の補則説明をしだした。
「国立大学の卒業だし予備校の模試でもいい成績を残しているんだけど、受からない」
「どうして受からないのか占ってください!」
私は無情な返答をしてしまった。
「占いスクールの先生から、病気や合否については占ってはいけないと言われています。合否は特に、受かると出て勉強をやめてしまうと落ちるからです」
「今年の試験はもう終了して結果待ちなんですよ、お嬢。相談に乗ってあげてくださいよ」
そういうことならば。
「わかりました」
私は納得して目を瞑り相談内容に集中し裏返したカードをシャッフルしだした。
占法はヘキザグラム法、合計7枚の大アルカナを並べた。タロットカードは大アルカナ22枚と小アルカナ96枚でなりたっかいる。だが、私は大アルカナのみで占う。なぜなら、大アルカナのみの展開の方がインスピレーションに頼る読みだからだ。私はカードを目の前にするとイラストの様にイメージが頭に浮かぶ。これを自分の言葉で解釈する。
1枚目から六芒星の描き順に表に返していく。
7枚目の最終結果に戦車の正位置がでた。
「受かってる!」
「えっ!?」
「大丈夫です!受かっています」
「いや、無理でしょう」
マスター田丸が目をパチクリさせながらしどろもどろに驚いている。
「過去の位置に災難を暗示する塔の正位置が出ていますが、」
マスター田丸が口を挟んできた。
「そうなんです、トラブル続きで問題に集中できなくて……」
マスター田丸の言い分はこうだ。
「試験の最中、火災報知器が誤作動を起こして試験が中断したんです。私はその時に席を立ってトイレに。帰ってきた時に机の上に置いていた腕時計を落としてしまい壊れてしまったんです。時間がわからなくなって、大急ぎで答案を仕上げました。結局、時間が大幅に余りましたが、見直しをしませんでした。書き直して答案が仕上がっていない時に終了の合図があったら絶対に不合格なので」
「田丸さん、お嬢の占いが当たっている。受かったかもしれませんよ!」
「現在の位置に月の逆位置、つまり、そんなに心配していないのではないのかな?密かに合格の可能性を考えていませんか?」
マスター田丸もおじいも呆気にとられたようで黙ってしまった。
「明日、発表なんです」
「W ebで、ですよね?」
「はい」
「お嬢、明日もここに来て一緒に見ましょう!」
「はい!」
次の日、私はブックカフェたまるに行った。マスター田丸がノートパソコンを開けて司法試験合格発表のサイトにアクセスする。
「番号は?」
「これが受検番号です」
おじいが田丸さんの受験番号を確認するためPCの前に座った。おじいの目が画面を移動し、画面もマウスの操作で移動する。
「あった!」
柳ヶ瀬さんのその一声で田丸さんは笑顔になった。私は「今日は祝杯ですね!」と、カバンからお酒を取り出した。落ちていたら残念会をするつもりで用意したものだった。
マスター田丸は最難関の司法試験に合格した。私の占いが当たったことになる。その後、私はブックカフェたまるに設けられた役職、専属占い師に大抜擢されたのだった。




