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ショートショートⅨ「夢写真の展覧会」

作者: 北ノ雪原


 夢。

 それは人間が、眠っている時に見るもの。


 夢の内容は実に様々で、現実では起こりえないことなども平気で起きてしまう。

 そしてそれを、夢の中では現実であると錯覚する時もあれば、これは夢だと思っている時もある。


 知っている人も出てくれば、知らない人も出てくる。

 普段は仲の悪い人間と仲良くしていることもあり、起きてから不思議な気分になる。


 そして、夢の内容をハッキリと覚えていることもあれば、大抵は忘れてしまうこともある。


「とにかく、夢って面白いよね!」


 そう明るく言うのは、大学二年生の夢美ゆめみという女子だ。


 彼女は、夢に取り憑かれている。

 それには明確な理由があった。


「夢の中で撮った写真が、現実に残っているなんて、そんなの信じられないよ。そんな嘘つかなくていいのに。」


 夢美の親友、正子まさこは夢美の話を話半分に聞いている。


「嘘じゃないんだってば!本当に夢の中で撮った写真が、私のスマホの写真フォルダに残っているのよ!」


 それはとある夜のこと。

 夢美はいつも通り夜には就寝して、夢を見ていた。


 その夢の中で、それはそれは美しい景色を目の当たりにしたのである。


 それは美しい朝日。

 しかしただの朝日ではない。太陽が美しい輪によって囲まれていたのだ。


 その輪はキラキラと虹色に光っていて。

 朝焼けに染まる空は、それはそれは壮大で。

 輪に囲まれた太陽はまさに、天空の巨大な眼のようであった。

 知っている顔も知らない顔もたくさん行き交い、その美しい光景を楽しげに見ている。


 その光景を、夢美は写真に収めたのだった。


 目が覚めると、窓からはいつも通りの容赦ない朝日の光が射していて、夢美を叩き起しているようであった。


 なんとなく、夢の中で美しい写真を撮った気がするなと思い、これまたなんとなくスマートホンの写真フォルダを見てみると。


「え…?」


 夢の中で撮ったはずの美しい眼の写真が、自分の写真フォルダに存在していたのだ。


 よくわからないがとにかく夢美は興奮した。

 不思議なことが起こってワクワクした。


 以来、夢美は夢の中で美しい景色を見る度に写真を撮るようになった。

 そしてそれは、現実にしっかりと写真として残っているのだった。


「私、すごい能力持っちゃったのかも!どうしよう!嬉しい!」


 夢美は興奮を抑えきれずに、正子に能力のことを話したが、正子はまるで信じていないようである。


「仮にその能力が本物だとして、あんまり使いすぎない方がいいんじゃない?ほら、よく物語とかであるじゃん、得体の知れない能力を使って取り返しのつかないことになったりするやつ。」

「大丈夫だよ~!てかさ、せっかくなら今度どこかのギャラリー借りて、夢で撮った写真を展示しようと思ってるから絶対に来て!!」


 正子の注意に全く耳を貸さない夢美であった。

 正子はそんな夢美に溜息を吐くだけだった。


 そんなこんなで、夢美はたくさんの夢写真を撮り、ギャラリーも借りて展覧会の準備を着々と進めた。


 そうして迎えた展覧会の初日。


「会期は今日から2週間!たくさんの人が来てくれるといいな!」


 夢美は張り切っていた。

 夢美はその明るい性格から、友人が大勢いた。そのため、展覧会には初日からたくさんの人が訪れていた。


「正子ー!ようこそ!夢写真の展覧会へ!」


 正子は夢美に誘われて、渋々ではあったが初日に展覧会へと足を運んだ。

 

「本当に開催しちゃうなんて、やっぱりアンタの行動力には毎回驚かされちゃうけど、ちょっと私心配なのよ。なんだか少し…いや、せっかくアンタが頑張ってるのに釘刺すのも良くないか。うん、展覧会の開催、おめでとう。」

「そうよ何も気にしないで私なら大丈夫だから!ありがとうね!」


 相変わらず晴れない表情の正子であったが、楽しそうな夢美を見て、気持ちを切り替え展示をゆっくりと見ることにした。


 想像以上に写真の数が多く、正子は驚いた。

 写真は主に景色の写真で、確かにどの景色もとても美しいものだった。

 夢ならではの、現実には無いような空の色、虹の形。不思議な山のように見えて、人の横顔のよう。


 数々の写真の中に、一枚だけ特に目を惹く写真があった。

 それは、虹色の輪に囲まれた太陽の写真。

 これは夢美が能力に目覚めた時に見たという夢の景色か、と正子は思った。

 それは確かにとても美しい光景の写真であった。

 

 しかし、たくさんのお客さんが見にきていたが、実際のところこの写真たちが本当に夢の中で撮った写真だということを皆は信じているのだろうかと、正子は疑問に思った。

 どの写真も、今の時代ではAIで作れてしまう。もしかして夢美は私たちのことを騙しているのではないだろうかとも考えてみた。

 しかし、来ているお客さん皆に明るく屈託なく挨拶をしているのを見て、親友を疑ってしまって良くないなとも思った。


 展覧会の初日は大盛況に終わり、夢美は満足げにギャラリーを後にした。


 一度先にギャラリーを出ていた正子と合流し、初日お疲れ様のラーメンを二人で食べに行った。


「いやぁほんと来てくれてありがとうね、正子!私が撮った写真たち、どうだった?」

「今日は本当にお疲れ様。思ったより写真の数が多くて驚いたよ。毎日夢の中で写真を撮ってるの?」

「そうだよ!毎日、とても楽しい夢を見るの。私ね…昔はよく悪夢にうなされていて。でもいつからか楽しい夢を見るようになって…。」


 夢美は運ばれてきたラーメンの湯気の揺らぎを見つめながら、懐かしむような目をしている。


「そう、悪夢にうなされていた頃、とある写真の展覧会に行ったの。小さい頃だったから親に連れていってもらったんだけど。その展覧会はもちろん、普通の写真の展覧会で。だけどね、一枚だけ、不思議な写真があったの。」


 正子はラーメンを啜りながら、夢美の話に耳を傾ける。


「その写真の題名は『夢の眼』。青のようなピンクのような、不思議な色の空に浮かぶ、一つの太陽。そしてその周りを囲む虹色に輝く輪っか。その題名の通り、天空に浮かぶ巨大な眼のようだった。少し恐ろしくも美しいその写真に、心打たれてね。しばらく見入っちゃってたわ。」


「その写真は…夢の中で撮った写真とかだったりしたの…?」


「ふふ、それがね、教えてくれなかったのよ。その写真を撮った写真家さんがその場にいたから聞いたんだけど、『ナイショ。』って言われてはぐらかされちゃって。でも今となっては、あれは本当に夢写真だったのかもと思えるな。」


 夢美はラーメンの丸いチャーシューでさえ眼に見えてきて、ふふっと笑った。


「それでね、その展覧会に行って以来、私は悪夢を見なくなったの。もしかしたらその夢写真のおかげだったのかなって思って…。だからね正子、私、自分にこの能力が宿ってから、私も悪夢を見て困っている人の役に立てるような気がして、今回の展覧会を開催したの。」


 そう語る時の夢美の目は、しっかりとした意思を感じる目であった。

 そのため正子は、少しでも疑ってしまった自分を恥じ、夢美に謝った。


「ごめん夢美、私、夢の写真とか本当はAIで作成したもので、私たちを騙してるんじゃないかとか、少し疑っちゃってた…。でもわかったよ、夢美の気持ち。」

「ううん、ありがとう。」


 そうして二人はラーメン屋を後にし、それぞれ帰路についた。





 その夜、正子は夢を見た。

 美しい広大な空が広がっている。

 その空から視線を感じ見上げると、虹色の輪に囲まれた太陽が浮かんでいた。

 それはまるで巨大な眼のよう。


 正子は、どこかで見たことがあるような気がした。この景色、どこかで…。


 しかしその美しい景色は突然崩れた。

 急に辺りが真っ暗になり、人影のようなものがたくさん現れ始めたのだ。

 その人たちの顔は歪んでおり、とても不気味であった。

 そしてそれらに追いかけられた。気味の悪い生物もたくさん出現し、正子はひたすら逃げていた。

「夢美…夢美…!助けて、助けてよ!」

 助けを求めても誰も来ない。誰も助けてくれない。


 正子はそのまま目を覚さなかった。





 夢美はその日就寝する前、どうしても思い出せなかったことを思い出そうとしていた。

 夢美が過去に行った展覧会の時のこと。

 あの夢写真を撮った写真家が、何か重要なことを言っていたこと。


 ベッドに仰向けになりながら、天井の照明をぼんやりと眺める。

 あの照明の形も眼に見えるなぁなどと思っている時、やっと思い出した。


 それはとても、とても重要なこと。


「夢の眼は、悪夢を見る者のことは助けてくれるわ。だけどね、普通の夢を見る者には、逆に悪夢を見せてしまうの。それはとても深く暗い邪悪な悪夢。目も覚ませないほどの、ね。」


 夢美は後悔した。

 しかしもう、遅かったのであった。












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