軽い天国と軽く地獄の一悶着の終点
ロッカーに何故か先着者がいる。
「ウェッ───!!?」
ついつい脊髄反射で変な声を結構な声量で出してしまった。いや、これは仕方ないだろ。
「さっきからずっと話し掛けてたんですが………」
「そうなの、か………?」
言われてみればなんか時々声が聞こえてたような気がする。妹にも言われたが俺は集中して考え込むと周りが一切見えなくなる。
まずいな、俺がテレポートしたとこを見られたか。
「あのどうやって、今急に現れたんですか!?」
うん、当たり前に普通に見られてる。
一気に全然ラッキーじゃなくなったな。つーか何でこの女こそロッカーにいるんだよ。そんなことあるか?
それは置いておこう。今はどうやって切り抜けるかだ。素直に白状するか、必死にごまかすか。でも間近で見てしまった現象を気の所為でごまかせるのか?
「あ、えーと俺はだな」
「もしかして”まほう”ってやつですか!私知りたいです!」
俺が言い分を思いつく前に歩幅の距離間もない所に立つ彼女は興味深そうに尋ねてくる。
多少の光のせいで、輝いた眼が上目遣いながら俺を見ているのが分かる。そんな目で見ないでくれ。
どうやって誤魔化せばいいのか。経験上こうなればほぼ詰みに等しいことは分かっている。が、こんな自分の為に使った超能力で、早々にバレたくない。
「知りたいんです、気になるんです!」
おい、待て待て。もう少し声を小さくしてくれ。
俺が、いや俺達がロッカーの中にいることバレたらどうなると思ってるんだ?二人暗闇の狭い空間で、教室、更には密室。
やべー、要素全てがえっちだよ。
今のでかい声でバレてないよな?
ロッカーにある郵便ポストの投函口よりも小さい隙間から教室を覗いても、このクラスの人達は変わらず談笑していて誰もロッカーに響く声に気付いてないようだった。良かった。
「頼むから声落としてくれ………」
「でも………」
「でもじゃない。取り敢えず静かに、な」
何なんだこの女は。危機感が欠如してるのか、この状況のヤバさが分かってないみたいだ。俺なんて冷や汗が酷い。ありあらゆる毛穴から汗がダラダラだよ。
とりあえず早くこの教室のやつらは入学式会場に向かってくれ。もう時間だろ。俺はもう限界だ。
ちょっとでか目のロッカーとはいえ女子と二人きりのこの光景がこのクラスに見つかることよりも、超能力者だと彼女にバレる方が………いや、この女に超能力が使えるとバレる方が駄目に決まってる。
だからといってロッカーから出るわけにもいかない。
比べたら超能力者バレる方に軍配が上がるだけで、どっちも高校生活の終わりに王手をかけている。
「教えてください」
駄目だ。
もう道がない。崖っぷちだ。
「絶対に誰にも話しませんから!」
「うわ!おい、やめろ!」
輝かせた目のまま、名前も知らない彼女は距離を縮めてくる。
ロッカーの中だ、近付かなくても手を伸ばせば届く距離にも関わらず向かってくる。
この距離感の近さ、普通の男女間ではこれが普通なのか?意図してるのか分からないが、その上目遣いをやめてくれ。初めて知ったが俺はそれに弱いみたいだ。
俺はマトモに女子と会話なんかしたことがない。
超能力と様々な能力をひとくくりにしている名称で、その超能力の種類の中には透視もあるからな。中学の時、俺が超能力者だとバレたら当然誰も関わってくれることはなかった。『超能力者』という色眼鏡が女子の中で嫌悪を抱き、俺を男女関係から遠ざけた。
「駄目、ですか………?」
まずい、まずい、まずい。
逃げられない、でももう中学の頃のようなことになって欲しくないから話せない。そもそも逃げるってどこに?
テレポートで一回に家かどっかに移動するのが適策か?駄目だ、人がこんな近くに居られては巻き込む可能性がある。他の能力だって、こんな密接で使ったら危険すぎる。
「お願いします。教えて下さい!もしかしたら───!」
彼女はその好奇心を止めることをなく、俺の懐にイン。
何か温かくて柔らかいモノが俺の身体に触れている。何かではない分かってる。
あれだ、健全な高校生なら嫌いなやつはいないと断言できる。駄目だ、限界だ。このままでは、俺はもう。
「あの、そっちは駄目───」
思わずの出来事に逃げた。耐えられずにロッカーの外に。内側から扉を開けて。
「はぁはぁはぁ」
あれは俺が悪いのか!?仕方なかったやつだよな。状況からみたら変態野郎にならないよな!?
密室からの、質問攻めから逃げたことによる開放感。
様々なものが混じった変な汗をかきながら四つん這いで外に出た俺が顔を上げると、
「そうだった………」
クラス全員、そして先生までもが口を開けて驚いた顔で、この教室の後ろ隅の方を見ていた。
ロッカーの中の彼女を見る生徒もいたが、大半の視線の先には俺がいた。わいわいとした空気が一瞬で消えさり、皆が口を開けたまま固まっている。
そんな中一番最初にお通夜のような雰囲気の中で声を響かせたのはこのクラスの担任であろう、目をまん丸とした若い女の先生だった。
「あのあなた達は一体何を………?新入生なのかな?」
「はい」「私は違います」
違うのかよ。
と、この時俺は高校生活の終焉を迎えたと、頭痛が出るほどまでに本気でそう思ってた。