全ての始まりの今日の始まり
1
────俺は今追い詰められている。
「ちょっとぉ」
この密室に逃げ場など存在しない。外は俺の深刻さも知らずに談笑している。
おい待て、それ以上近づくな。
選択肢など存在すらしていない。この暗闇の中で俺は………
「も、もう駄目だ………」
そして………
なんでこうなってしまったんだろう。いや、知ってる。誰のせいでもない、俺の身から出た錆。改めて何故俺がこんな目に合っているのか、思い返してみるとしよう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
俺の名前はユウキ。漢字で書くなら優しく輝くで優輝。昨日まであった春休みを永遠と続けたいものの、今日から連休が終わり高校生になる。
高校での目標は、そうだな、中学とは違って普通に過ごしたい。普通ってのは目立たないことだ。友達も欲しいが、まぁ最悪はいらない。大抵は一人でやれるからな。
さて、俺は今入学式の時間が迫る学校に向かうための支度をしている。頭に響くアラームで最も幸せな時間である睡眠を妨害され、起きたら机の上に並べられていた朝飯を食べ終え、自分の部屋に戻り制服を手に取って着替え終わったところだ。
「チェック、チェック、チェック、チェックと………」
高校の入学祝いで何故か祖父から貰った背丈くらいのスタンドミラーの前に移動し、ネクタイを整えて完成。
高校も中学と同じく制服制ということで、中学の頃制服が似合わなかった俺は高校の制服も似合わなければどうしようと思っていたが、悪くなさそうだ。
髪型も適当に決めよう。どんなのがウケが良いだろう。見た目は第一印象の半数以上を占めているからな。数分、あれこれ迷った挙句に最初と大して変わらない髪型になったが、
「うん、意外と似合ってかな」
「そうだね、似合ってんじゃない」
「うわぁっ‼いつの間に部屋に入ってきたんだ、ミユ」
「相変わらずに集中すると周りが見えないねー、話し掛けたのに反応せずに、髪を何回もセットしては崩すのを繰り返してたね。そして結局はいつも通り?だね」
シッシッシ、と憎たらしく笑うこいつは今年で中学2年になった妹だ。
学校でまあまあモテてるんじゃねえの、と思うようなルックスを兄貴の俺が見ても贔屓目なしに持つが、いかんせん中身がな。口を開けば相手をからかうようなことばっかりで可愛げのないことよ。
学校でのこいつは知らないが、どうせ同じようなもんだろ。
「何でまだいるんだよ、学校8時半までだろ?もう8時10分だぞ。早く行け。送ってやんないし、遅刻しても知らないからな。俺はアレはできるだけ使いたくないんだ」
「お兄ちゃん辛辣だね〜、友達と待ち合わせしてるし別に送ってもらわなくて結構ですよー。お兄ちゃんこそ時間が………って待ち合わせまで後10分しかないじゃん!」
「わざわざ俺の部屋まで来てからかってるからだ。全く、待ち合わせに友達を待たせるなよ」
ミユは相当な焦りようで自分の部屋に向かうと、ドタバタと音を立てながら荷物を準備し、玄関に駆けていった。新年度早々騒がしい奴だ。
なんでこうもギリギリになってしまうのかね。ま、俺ももう辞めたが自分に甘えてギリギリの生き方に半分浸かっていた時期もあったし、人のこと言えた義理もないんだけど。
見送る為に玄関に行くと、踵を踏み潰したまま靴紐を結ぶ妹が見えた。遅れないように、でも怪我はすんなよ。
「お兄ちゃんのせいで遅れてしまうよぉ〜」
「自業自得だろ、全く。気を付けて行けよ」
小馬鹿にするためなのか知らんが、そんな時間ギリギリのなか俺の部屋に来ておいて「俺のせい」はないだろう。
「いやいや私はお兄ちゃんが学校を忘れてんじゃないのかなって思って。ずっと家でゆっくりしてるから様子を見に行ったの。お兄ちゃんをからかっちゃったのはついで?みたいな」
何言ってるんだ?いくら学校が嫌だからって記憶から抹消するまではしないさ。今だって制服に身を包まれていることが何より忘れてないことの証明さ。
「学校自体をを忘れてるんじゃなくて、学校に着く時間をだよ!!あれこれしてる内にもうお兄ちゃんの学校集合時間過ぎちゃったし、私もやばい!歩いて行っても入学式には間に合うから急ぐんだよ、じゃあねっ!!」
そう言って我が妹は玄関を突き破りそうな勢いで、自慢の艶のある黒髪を棚引かせた。
「じゃって………今何て言いました?」
なんか嫌な予感がビンビン立った。
脊髄反射で俺は、2階にある自分の部屋に向かった。先週末に高校から届いた郵便筒はとこだ。受験の合格通知書と共に入学式に関する書類が送付されていたはずだ。
机の上、中学の教科書の山の下に、糊付けを無理して開けた切り口ボロボロの茶封筒、あれに間違いない。教科書をどかして、封筒をひっくり返し中身をばら撒けると、色々なプリントの山が出てくる。入学にあたって必需品、教科書の購入案内………。
ない、ここに入ってない。
そうだ、入学案内は母に渡したきりだ。母さんはプリントを冷蔵庫に磁石で止める。キッチンだ、キッチン。プリントを広げたまま高速で階段を一段とばしで下りキッチンへ、プリントで埋まっている冷蔵庫から入学書類を探し出す。どうか妹の間違いであれ。
「あったぞ」
以下プリント記述。
────保護者様へ。入学式のご案内。春分の候、皆さまにおかれましては、益々ご清栄のこととお慶び申し上げます。さて、お子様の入学式におかれましては4月8日の8:40分頃を予定させていただいています。
期日:4月8日(月)予定 8:35分 保護者様の参列。入学者は昇降口掲示板に書かれたクラスに8:15分集合
(因みに現在時刻8:15分)
以上。
何かの間違いがあることを祈り何度も読み返したが、当然文章が変わることなどない。
まだ他の記述もあるが、ここまで読めばもうその必要もないな。終わった。妹よ、俺を助けようとしてくれたのに責めて悪かったな。そもそも何で俺はこんな勘違いを。
合格発表の封筒が届いた日。俺は家族を呼び集め、乾燥したノリ付けが鬱陶しい封口をビリビリにしつつ、卓を囲んだテーブルの上で開けた。感触的に結果は見ずとも分っていたが、それでも合格通知を封から出した時は喜んだものさ。当たり前に記された合格(勿論カンニングなんかしてない)だけ確認して、大事そうなプリント類は母に。
後日俺は母に入学式の予定を聞いた。
『入学式って何時集合?』
その時確か母さんは、
『入学式の日の集合はね………8:35分だった気がする〜。遅刻には気を付けよっ』
あー、なるほどね。もちろん俺が悪いな。
言葉足らずだったし、自分で一切確認しようともしなかったからな。それに『気を付けて』じゃなくて『気を付けよ』で、人に言うにはオカシイ所もあったな。
それで母さんは今日、夜勤ついでに直接学校に向かうため家にいなかったと。
「はぁ、本当にまじで使いたくないんだけどな。超能力は」
おっと、驚いた?そうさ、俺は超能力者なんだ。
なぜ俺が生まれ持ったかは分からないし、もう使うのは辞めだって、中学校卒業と同時に決めたことだが仕方ない。状況が状況だ。
みんなは超能力ほしい!超能力最高!って勘違いしてるかもしれないけどな、使える超能力ってのは全く便利なものじゃないんだぜ。