──一方、生徒会室では。
「まさに青天の霹靂、ですかね」
書紀のカルロスが言う。
眼鏡でありふれた茶髪と髪型の彼は、将来は宰相になりたいと“私に”アピールしてくる男だ。
透き通った蜂蜜色の髪の彼女が生徒会室から出ていったあと、暫しの沈黙を経て彼が一番に口を開いた。
陽に当たると時折桃色にも見えて、綺麗だったのを覚えている。
「大切なものほど失ってから気付くってやつ〜〜」
続いて栗毛色のふわふわした髪で、幼さを残す可愛らしい男が言う。
こう見えて騎士団長の息子で将来は自分も跡を継ぐ気のようだ。
「いつも側にあるものがいつまでもあるとは限りませんからね」
なら私も、と触発されたように発言するのは風紀委員の女性。
青みがかったストレートの髪をきっちり結い上げる鋭い目つきの彼女は、将来は警官になりたいという。嘘も不正も嫌う彼女には是非街の治安維持に努めてほしい。
「はぁ〜ん。だーから副カイチョーのお誘い断ったのかなァ〜」
鮮やかな橙色のボブヘアーの彼女は広報担当で、高等部一年生にして早くも実力を示している。平民棟ではそこそこ有名らしいのだが、奇抜なメイクやファッションを真似る貴族の生徒も既に居るようだ。
私は案外、外交官に向いているのではと思う。
何故なら国の特産を広めるにあたって今足りないのは彼女のような発信力だからだ。
確かに彼女に言われるまで思いもしなかった。今までは私が副会長だったが、己がやってきたことをロゼッタがやってくれる。『うん、とても良いな』と。
私の側で、仕事を支える。
だって将来はそうなる予定なんだから今からやった方がお互い良い経験じゃないか。
結局のところロゼッタは丁寧に断ったのだけれど。
「ロゼッタさんの“あんな顔”、初めて見ましたよ。乙女の顔でした」
なんの忖度もなく発言する彼は会計委員。
綺麗な翡翠色の瞳なのに目が隠れるぐらい前髪が伸びており、黒髪からのぞく瞳とたまに目が合えば私でもドキッとしてしまう。
彼だけは絶対に財務大臣になってほしい。
「お前たちは随分と好き勝手言いやがって……」
そして深い溜め息をついて何とか落ち着こうと考えている私。
「しかしライオネル様は大変に動揺しておられるとお見受けしますが」
「僕もそう思う〜」
「ええ、私もそう思います」
「そりゃあーそおでしょうねェ〜」
「正直に言うと皆動揺してますよ」
ウンウン、と皆縦に頷く。
そりゃあ動揺だってするだろう。候補者は山ほど居れど彼女以上に務まるものが果して居るのか。
そうだとしても無理矢理に結婚などできない。また誰かと仲を深めねばならないのか。
しかし、本当に?
恋に落ちた?
ロゼッタが?
確かに嘘は言っていないようだったがイマイチ信じられない。
別に彼女のことを愛していたわけでもないが、もやもやするのは何故だろう。
「私は平民なので貴族や王族の務めは未だによく分かりませんが、ロゼッタ様でなくてはならない理由が? 他にも候補者はいらっしゃるのでしょう? もちろん毎週会えなくなるのは寂しいですが……」
風紀委員の彼女が素朴な疑問を投げつけてくる。
彼女でなくてはならない理由……。
理由は沢山あるけれど、……。
「侯爵家長男での立場で正直に言うと、ロゼッタさんでなくてはならない理由は無いですかね。王妃として務まる方ならロゼッタさんの仲良くしているご友人でも十分かと」
「将来の宰相的な立場で申しても仰るとおりです。ライオネル様が殿下として立ち振る舞うように、ロゼッタさんも公爵家長女として立ち振る舞われておりましたから」
「そだね。ライバルって沢山居るけど、本人が辞退するならその次の適任者に行くだけの話だよね。努力の結果で他より優れてるってだけ。僕みたいにねっ!」
「ま〜本人が恋しちゃったのならしょーがないかなァ〜。恋って落ちちゃったら止めらんないもん。ホント。駄目って解ってても。止めらんないんだよねェ〜」
其々が其々の立場で想いを持って発言するこの場が好きだ。
立場も生い立ちも違うこの小さな学園を彼らと纏めるのが楽しい。
だけど、此処にロゼッタが居てくれたら……と、そう思うのは、何故なんだ。
「どうです? 殿下。“将来の宰相”として初めての仕事を任せてはみませんか?」
「……? どういう……?」
「気になるのでしょう? ロゼッタさんの想い人」
「そ、それは……」
そりゃ気にはなるけれど。
乙女同士の秘密と言われたし。コソコソ探るのもなんだか男として……。
「あー、それ僕も気になる〜〜」
「私もです。ロゼッタ様がどのような殿方に惚れたのか想像もつきません」
「殿下より魅力的ってことですよね」
「やぁーん! まさか身分違いの恋とかーーっ!?」
「…………。よし、カルロス。初めての仕事だ」
「御意!!」