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3/5

辞退します!

 

(結局昨日は“ぐちゃぐちゃ”にして下さらなかったわ! 楽しみにしていたのに!)


 学園の広大な敷地内を歩いて登校するのが日課の私。

 お友達は朝が苦手なのと面倒だからと言って校舎前まで馬車に乗る。いい運動になって気持ちが良いのに。


 校門から30分の道程。

 既成事実があれば手っ取り早かったのにな、なんていかにも貴族らしい思考回路でいじけてみる。


「ふふっ、変ね」


 殿下とは既成事実なんて作ろうとも思わなかったのに。

 恋って人をヘンテコにさせるのね。


 ──「なにが変なんだい?」

「!? 殿下!?」


 そんなことを思っていたところへ本人が登場するものだから大変に驚いてしまった。しかも独り言まで聞かれて思わず顔が真っ赤になる。

 彼もたまにこうして気分転換で歩いて登下校しているのだ。女性陣に囲まれるから本当にたまにだけれど。


「こら。学園(ここ)じゃ下の名前で呼ぶこと!」

「もっ、申し訳御座いません、お見苦しいところを……。けれど呼び名に関してはライオネル様が急に驚かすからですっ」

「はははっ、ごめんねロゼッタ」


 はにかむ金髪の人。

 本当に物語に出てくる『王子様』そのものだわ。

 王妃様に似てとても中性的なお顔立ち。


 学園にお顔の整った方は沢山居るけれど、やっぱり王子様っていうのが乙女心を擽るのよね。

 でもこういう人は憧れるぐらいが丁度いいってものよ。


「そういえばロゼッタは体調でも崩してしまったのかい?」

「え?」

「昨日来なかっただろう? 皆心配していたよ」

「あ! そうでしたわ! すっかり……」


 恋に浮かれて生徒会室でのランチすっぽかしたのだった。

 放課後はお友達にお昼の出来事をさっそく報告してたし。お家では両親に報告して……いや、すっぽかしたと言っても約束もしていないただの習慣なんだけど。

 でもそりゃあ流石に、心配はするわよね。


「それが急にやる事ができてしまって……ご心配をお掛けし申し訳御座いませんでした」

「いや、いいんだよ別に謝らなくたって。ロゼッタが元気ならそれで」


 そうだ。恋をしてしまった以上、私は生徒会室でランチを取る意味もない。

 両親も納得させたし、婚約者候補は辞退するつもりなんだから。

 私が辞退したところでまだ他に沢山居るんだもの。


「あの……“殿下”。そのことについてお話をさせていただくお時間が欲しいのですけれど……」

「ふむ、此処じゃ難しいってことかな?」

「はい。できればあまり人の居ないところが」

「そう……。うーーん、放課後なら。生徒会室でも良い? メンバーはちょっと仕事があるから話は聞いちゃうことになるんだけど」

「構いません。皆様も関係のあることですので」

「そうか。じゃあ放課後に」

「はい」



 ◆◇◆◇◆◇



「さ、まずはお茶でも飲みなよ」


 そう言って出てくるのは同学年の書紀の方が淹れて下さった紅茶。

 最初の頃は温くて渋くてときには薄くて飲めたものじゃなかった。


「ありがとう。カルロスさんは本当に紅茶を淹れるのがお上手になりましたよね」

「ええ、お陰様で。ロゼッタさんが丁寧に教えてくれたからですよ。今じゃ婚約者に出しても感心されるぐらいです」

「ふふ、お役に立てたならよかったわ」


 とまぁこんな風に生徒会メンバーに溶け込んだ。外堀から埋めれば懐に入るのはとても楽だ。

 殿下の婚約者として恥ずかしくないようにと振る舞ってきたけど、今はそんなのどうでもいい。

 こくりと上手に花開く紅茶をひとくち飲み、さっそく本題に入る。


「実は婚約者候補を辞退したいのです」


 私が落ち着いた声でそう言うと、生徒会室の時間がピタリと止まったのが分かる。


「……どうしてか理由を聞いても?」

「ええ。その……わたし、好きな人が出来たのです」

「………………は?」


 ライオネル殿下の口から出たとは思えない反応。

 他のメンバーも仕事なんかそっちのけで耳を傾けてしまっている。

 それもそうでしょうね。私だって己が恋に落ちるなんて思ってもみなかったのだから。


 これでも公爵家長女。これからも殿下を支え、将来は国を想い、互いに尊敬しあえる夫婦関係を築くものだと思っていたのだ。


「えっと、君が? 恋に落ちたってこと?」

「はい」

「どんな人?」

「まあ殿下! それは乙女同士の秘密ですよ」

「ッそ、そうだよね、不躾だった。ごめん」

「いえいえ」


 殿下はごほん、と咳払いをして紅茶をひとくち。私も合わせて紅茶をひとくち。


「その、婚約者候補を辞退“したいと考えてる”んじゃなく、“したい”ってことは、公爵にはもう……」

「ええ、許可を得てます」

「そ、そうか……うん、そうか……」


 分かった。と言う他ない。

 現在、貴族社会でも自由恋愛を容認、即ち本人の意思を尊重した結婚を優先するような動きが見られる。本人の意思を完全無視したいわば生贄のような結婚は法律違反なのだ。

 その手本となる王家はとくに自由恋愛を演出している。婚約者候補が沢山居るのもそのためだ。


 もちろん貴族であるためある程度の候補は絞られているし、絞られたなかの婚約者とそのまま結婚なんて今でもよくある。本当の恋愛結婚なんて10組中1組ぐらい。

 私が殿下のことを想うように、やっぱり決められた相手でも長く付き合ってると情が湧くんでしょうね。


 だが私は天地がひっくり返るほど、雷に打たれたぐらいの恋に落ちてしまった。もし恋に破れたとしても、殿下の婚約者候補をやってる場合じゃない。


 お父様の寛大さには感謝しなきゃだわ。

 ま、王家に嫁がないなら婿を取り家を継ぐ、って約束してたし。今はやるべきことをやらなきゃ。


「ですから殿下。今後生徒会室でのランチは控えさせていただこうかと」

「そう……だよね」


 寂しそうに瞳を伏せるライオネル様。彼も私と同じく情を抱いてくださってたのかしら。


「あ……でも、ご友人として今後もお付き合いいただければなと……。その、よければ皆様とも……」

「っあ、ああ! それは勿論……!」

「ありがとうございます。あと……自分では大変言いにくいことなのですが……私が婚約者候補を外れることを殿下は公にしたくないのは理解しておりますし大々的に公にしなくとも良いのですが、私は積極的に彼にアピールするつもりですのでご迷惑が掛かったら申し訳御座いません」

「え、あ、あぁ……いや、その、気にしなくていいから。うん、気にしなくて、全然……」

「ありがとうございます」


 伝えたいことを伝え、無事に婚約者候補からも外れ、一件落着。

 うきうき恋に浮かれる足取りで家へと帰る。


 思ってもみない発言に動揺していた殿下と生徒会メンバーがなんだか少し新鮮だった。

 とくにライオネル様はいつも毅然としていて穏やかに微笑む人だったから。


 ライオネル様も、成り行きで決まる私なんかじゃなく、どうか心から愛せる人と結婚してほしわ。


「よしっ! 私も頑張らなくっちゃ!」


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