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太陽を抱く君へ  作者: 雛子
第3章 王宮

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正妃


 王宮での一件から一週間程が経った頃、私は父に呼び出された。

 娘が起こした非礼への謝罪に王宮へ出向いていた父が、ムノに帰ってきたのだ。ついに恐れていた日がやってきてしまった。


「お嬢様、元気を出して下さい。きっと大丈夫ですよ」


 何度ラジヤからこの慰めを聞いたことか。考えれば考えるほどに悪い方向へと思考が向いてしまって、顔を両手で覆いたくなる。そんな私の肩を擦りながら、ラジヤが私の隣にいた母に視線を向けた。


「ティイ、母と一緒に行きますよ」


 母に促されて小さく頷く。私に父からの呼び出しを断る権利はない。

 母の隣にいるメティトすら、不安げな顔をしていた。皆、王子を殴って失神させた私の行く末を案じているのがよく分かる。

 もうこのまま自室に閉じこもってしまいたいくらい、父の前に出るのが怖かった。


「さあ」


 再度促され、重い足取りで母と共に父が待つ応接の間に向かうと、椅子に腰掛けた父が待っていて、その一歩後ろにアネンが控えて立っていた。どうやら父と一緒に帰ってきたらしい。

 テーベで所帯を持っている兄が、祭りでもない日にムノの屋敷に帰ってきていることが珍しく、やはりあの時のことは大問題に発展していて、何か重大なお咎めがあったのではと推察して身を縮めた。

 父と兄を目の前にするのが、これほど嫌だと感じたことはない。広くて風通しのよい空間であるはずなのに息苦しく思える。そんな私の気持ちを察したらしい母が、私の肩にそっと手を添えた。


「ご無事のお帰り、何よりです」


 挨拶する私を前に、父は何故か今までにないくらい喜々としており、アネンは何とも複雑な顔をしていた。


「あ、あの……王子は、なんと」


 どんな言葉を賜っただろう。貴族の娘が王子を殴って失神させたなど、前代未聞だ。体裁を気にしている父ならば、尚更気が気ではなかったはずだ。

 アイは私が側室になると勘ぐっていたようだが、誰が自分を殴って失神させた女を妻にしたいと思うだろう。

 私はまた、手に負えない暴れん坊の娘だと言われる。

 もしかすれば、また縁談を断られたかも知れない。そう考えるだけで気落ちして、その先の言葉が何も出て来なくなる。


「王家から直々にお達しが来た」


 父から放たれた低めの声に小さく返事をする。

 何を言われるのか身構えて無意識に身体に力が入り、祈るように目をぐっと閉じた。


「お前を王子の正妃として迎えたいそうだ」


 身を固くしていた私に降ってきたのは思いがけない言葉だった。

 瞼を開いて改めて正面の父を見た。


「これは凄いことだ、ティイ。良くやった」


 興奮気味の父を目の前に、思考回路が停止する。背後にいる母も驚いたように小さく声を上げた。


「実にめでたい」


 王子とは、あの日以来会っていない、アトラーと名乗った彼のことだろか。他に王子がいたかと考えてみるが、現在我が国の王家で王子と呼ばれるのは一人だけだ。


「父上、もっとゆっくり、丁寧に話してあげてください。ただでさえティイは混乱しているのですから」


 アネンが父に耳打ちする。


「無理もない。異例の事態だ。私も実に驚きで夢のように思える」


 そう告げる父の顔は赤く、嬉しそうに綻んでいる。

 対して兄と母の表情は心配そうであり、何かを言いたげな視線をこちらに向けていた。


「ティイ」


 父は改めて私に呼びかける。


「お前は王子アメンホテプ・へカワセト殿下の正妃として迎えられることとなったのだ」

「……ちょ、ちょっと待って下さい、お父様」


 頭で整理しようと額に片手を当てて、よくよく考えてみる。

 正妃というのは、数多く持たれる妻の中で、ただ一人に許される身分だ。側室とは訳が違う。


「私は王家出身じゃないわ。実は王家の娘だったってことなんてないでしょう?」

「ない。お前は正真正銘、私の娘だ。王家の血は一滴も入っておらぬ」

「ならどうして、私が王家に嫁ぐのでしょう。それも側室じゃない、正妃だなんて。正妃はエジプト王家の女性だけに許された身分のはずだわ」


 側室なら百歩譲って理解できる。側室は王家の血筋か否かは関係が無く、実際に今の王子も他国からの王女たちを側室として迎えている。あのヘルネイトも自身が王家の出ではないから、正妃ではなく側室に選ばれることを望んでいたのだ。


「それに、私は王子殿下を殴ってしまって……」


 本来ならば死に値することだ。


「それに関しては不問とするそうだ」


 父は胸を張ってそう言いきった。


「お前を是非にと。我が一族にとってもこれほど名誉なことはない。この上ない誉れだ」


 あの人が、私を妻に迎えたいと。それも正妃として。

 私が、妃?正妃?

 それも、次期ファラオとして将来を約束されている王子の。


 唖然とする他なかった。

 よく、分からない。


 従来、エジプト王家の正妃はエジプト王家の子女であることが常識で、王家はそれを数千年前から守ってきた。

 北のミタンニやバビロンから王女を側室にもらい受けることや、貴族の娘を側室として迎えることはあっても決して正妃にはなれない。そういう決まりだ。

 すべては、王家の権威と血縁を守るため。

 王子の姉妹が亡くなっているから、正妃になれる存在がいないのも事実だが、そうであれば側室との間に子を成せば良いだけの話で、無理に正妃を王家の血筋以外から選ぶ必要は無い。

 なのに、あの人は貴族とはいえ一般人である私を正妃にすると父に告げたのだ。


「……何を」


 考えているのだろう。


「我ら一族に断る権利も理由もない」


 父は強く言い放つ。

 そうだろう。なんといっても王家からの要請だ。

 王家に娘を嫁入りすることができるなど、一族の何よりの名誉だ。父が断るなど決してあり得ない。


「あわよくばご側室として見初められたら良いとお前を宴に連れて行っていたが、まさか正妃として迎えられようとは。さすがは私の娘だ」


 娘が跳ねっ返り娘と噂されていたから、半ば諦めていたようだが、他の令嬢を連れた父親たちと違わず、父も「娘を王子の側室に」と思っていたのだとここで初めて知った。


「でも、私には決まったお相手が……」


 宰相が取りなしてくれた縁談があったはずだ。

 王子を殴ったことで、結局その後の予定をすべて中止してテーベに帰ってきたから、会えず終いではあったけれども。


「それは王家の方で話を付けてくださった。王家からの申し出であれば先方は何も言えまい」


 縁談をなかったことにしたのだ。私を王家に輿入れするために。

 本当に、何も知らされないまま、自分のことが勝手に決められていく。


「それにお前が正妃となるのであれば、我が一族は安泰だ」


 父は高揚した様子で母や兄に笑いかけている。


「一月後に王宮より迎えが来る。婚儀に関してはその後だ。ここから忙しくなるぞ」


 考えが追いつかないでいる私を置いて、父は私の王宮に輿入れする日程を嬉々として言い放った。


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