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太陽を抱く君へ  作者: 雛子
第1章 ムノの娘
10/31

街へ


 父は兄たちと王宮へ行ってファラオへ挨拶し、そのまま宴にも参加するということで、私は一人従者を連れて屋敷へ戻り、テーベでの最後の夜を屋敷で過ごした。


「お帰りなさいませ!船上はいかがでした?やはり煌びやか?綺麗?ラジヤに聞かせてくださいな!」


 私の着替えを手伝いながら、ラジヤは興奮気味にそう言った。


「テーベの都も凄かったんですよ。でもそれに比べものにならないほど船上は凄かったんでしょうねえ。遠くから見てましたけどキラッキラしてましたもん」


 彼女は私が居ない間、テーベの町を散策して、母やムノの屋敷の侍女たちへの土産を選んできたらしい。


「凄かったわ。いろんなものが煌めいていて、何もかもが鮮やかで美しい。でもご令嬢たちは皆いろいろと殺気立っているようだった。ちょっと嫌味を言われてしまったの」


 寝間着に着替えながら率直な感想を述べた。


「あらま。お嬢様に嫌味を言うなんてとんでもない人もいるものですね」

「色々あるみたい。やっぱり都のご令嬢たちは大変そうだったわ」


 ラジヤの眉が八の字になる。


「じゃあ、あまり楽しめませんでした……?」

「ううん、仲良くなれた人もいるの。宰相ラモーゼ殿のご息女で、とても美しくて素敵な方だった。アネンお兄様に雰囲気が似ていたわ」

「まあ!宰相殿の!?」


 ころころと表情を変えながら聞いてくれる彼女に笑顔で頷いた。


「本当に素敵だった。もしあの方が男性だったら好きになっていたかも知れない」

「そんなに!?」

「きっとラジヤも好きになっちゃうわよ」


 今日あったことが夢だったかのように思えてくる。


「でもお嬢様と気が合うだなんて、その方も随分変わり者なのでしょうね」

「そうなのかも」


 くすくすと笑いながら、二人で今日のことを報告し合った。


 一段落すると自分にあてがわれた部屋の寝台に寝転がり、ぼうっとしていたのだが、外で続けられる祭りの音が自分の耳にまで届いてくるとじっとしていられなかった。

 初めてのことに目が回りそうだったのに、疲れているはずなのに、眠気を感じない。

 寝台から立ち上がってくり抜かれた窓へ進んで垂幕をめくると、街に点々と明かりが灯っていた。ちらちらと揺れて見えるのは、人影が躍るようにゆらゆらと揺れているからだろうか。

 眠らぬ街とは大げさな言葉ではない。夜の静けさなど、この都には存在しないのだ。

 そのたびにタニイの言葉が甦る。


──行った方が良いよ。抜け出してでも。


 彼女の低めの声は、私にテーベの都の印象をあっという間に色鮮やかな場所とした。


 ああ。

 どうしても、この足で歩いてみたい。

 知らないでいることなど耐えられない。


「ラジヤ」


 部屋の隅でいそいそと土産や荷物をまとめている彼女を呼びかけた。


「はいはい、何でしょう」


 まとめあげた荷物を満足げに眺めるラジヤがこちらを見ずに返事をする。


「決めたわ」

「今度は何を?」


 自動的に返されたような返答を受けて、私は彼女に歩み寄った。


「朝までに男物の服を用意しておいてちょうだい」


 ここで初めて、ぎょっとした顔で彼女は私を振り返った。

 私が何をしようとしているか彼女は瞬時に察したようだ。


「お父様も兄様たちも朝まで帰らないはずよ。夜明けと一緒に抜け出して街を散策したいの」

「駄目です、叱られます」


 相手は即答してぶるぶると横に首を振る。


「でもこのままじゃ、ムノで屋敷に閉じこもっているのと変わらないわ。私はこの町を見たいの。この目で見たいのよ。そこらのお嬢様方の気位の高さを見に来たんじゃない。私、ここで知りたいこと、まだ何ひとつ知れてない」

「お嬢様」

「お父様が私を誰かに嫁がせるつもりなのは今日だけでよく分かった。ならテーベの都を自由に歩き回れるのなんて、きっとこれが最初で最後になる。今回が最後の機会なのよ」


 そこまで聞くと、ラジヤは私をじっと見つめた。私も負けじと見つめ返す。


「……旦那様がお帰りになられる前に、戻られますね?」


 部屋には二人しかいないのに、誰かに聞こえるのを拒むように彼女は声を潜めた。


「戻るわ」


 彼女の返答の意味を理解して、思わず彼女の手を取った。


「必ず私も付き添います。私はお嬢様の第一の侍女ですもの」

「いいえ。あなたは相棒よ」


 再びじっと睨み合うようにしてから、ラジヤは大きく肩を落として微笑んだ。


「一度言ったら絶対に曲げないお嬢様ですもの、何を言っても無駄なのでしょう」


 その言われ様に苦笑してしまう。


「駄目だと言ってもお一人で抜け出すおつもりなのでしょうし、そうなってお嬢様を探しまくることになるんだったら始めから私がついていった方が安心です」


「ラジヤのそういうところ、大好きよ。本当に大好き」


ラジヤは少しだけ照れくさそうにはにかんだ。


「おだててもダメですよ。よろしいですか、くれぐれも旦那様たちより前に戻りますからね?怒られるのはまっぴらごめんです」

「勿論!そうと決まったら、日の出とともにここを出ましょ。お昼頃にお父様たちが戻られるはずだから、それまでにはここに戻るようにして……ああ、どこに行こう!行ってみたいところがたくさんあるの!」

「抜け出すと決まったら今までに無いくらいにお顔が輝きますね」


 夜明けからの予定が決まると、ラジヤはどこからともなく男物の服を用意してきた。そこらを歩くなら男に変装していた方が何かと都合がいい。そして何より動きやすい。

 明日の朝は日の出から予定があるからとすぐさま寝具にもぐりこんだというのに、胸が高鳴ってほとんど寝ることができないまま夜は明けていった。



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