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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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199 夢のような話

明日美(あすみ)が前向きに生きようって思うようになったのは、皐月、あんたのお陰かもしれないね」

「えっ? 俺?」

 暗い気持ちになっているところに突然京子(きょうこ)に褒められて、藤城皐月(ふじしろさつき)は戸惑った。これは依頼を成し遂げた以上の高い評価だ。

「明日美はあんたに甘いからねえ。この()は私の言うことなんて聞きやしないのに、皐月の言うことなら聞くみたいだから」

「え〜っ、私、お母さんの言うことちゃんと聞いてるでしょ?」

「確かにあんたは私の言いつけをきちんと守るいい子だよ。でもね、絶対に私の言うことを聞かないこともあるだろ? こっちは心配してんのにさ」

「そんなことあったかな……」

「あったなんてもんじゃないよ。あんたは私が頑張り過ぎって言っても頑張るし、休めって言っても休まないじゃないか」

「ああ……ごめんなさい。私、お母さんの言うこと、あまり本気にしてなかったわ。てっきりお母さんの口癖かと思ってたから」

「嫌だね、この子はもう……」

 京子に軽く頭をはたかれた明日美は笑っていた。皐月には京子の明日美を見る目がとても優しく見えた。明日美の京子に甘える感じも良かった。


「あんたの頑張り方は危なっかしくて見てられなかったんだよ」

「もう大丈夫だから心配しないでね、お母さん。これからはちゃんと休むから。でも休み過ぎると仕事したくなくなっちゃいそうで怖いな……」

「そうなったら芸妓をやめちゃえばいいんだよ。あんた、高卒認定試験を受けるんだろ? 合格したら大学受験だってできるじゃないか。まだ若いんだから何でもやりたいことをやればいいんだよ」

「芸妓はやめないよ、お母さん。それに大学だって行くかどうかわからないし……」

「大学生になったら、バイトで芸妓を続けてもいいんだよ」

 皐月は明日美のプライベートに踏み込んだ話を初めて聞いた。明日美が高卒認定試験を受けるとはどういった意味なのか。どうして明日美が大学受験をするのか。どうして明日美が芸妓をやめてもいいと京子が言うのか。

「ねえ……俺、二人が話していることの意味がわかんないんだけど……」

 不安げに聞く皐月の頭を明日美が優しく撫でた。

「私ね、中卒なんだ」

「えっ、それ本当?」

「うん。中学時代は不登校だったから、高校には行かなかったの。でも勉強は好きだから、いつかもう一度、勉強をやり直したいなって思うようになってね。それで高卒認定試験を受けることにしたの」

 明日美が中卒なのに皐月は驚いた。明日美が英語を勉強していて、仕事で役立っていることを知っていた。普段の会話でも他の芸妓と比べて知性を感じていたので、てっきりいい学校を出ているのかと思っていた。


「芸妓をしながら勉強するのって大変じゃない?」

「そうね。通信制高校に進学すれば私は高卒資格が得られるんだけど、最低3年間は在学しなきゃいけないのがね……今から3年は私には長すぎるかな」

 皐月は通信制高校のことや高卒認定試験については何も知らない。定時制高校というものがあることは知っていたけれど、それがどんな学校なのかも皐月にはわからない。

 明日美は高校生としての常識的な知識を身につけたいのではないか、と皐月は想像した。中卒の明日美は、今一緒に住んでいる及川祐希(おいかわゆうき)のような、普通の高校生程度のバランスのとれた学力に憧れているのかもしれない。


「高卒認定試験だと受かっても、高校を卒業したことにはならないんだって。私は勉強をしたいだけだから、それでもいいと思ってたんだけど、(りん)姐さんは学歴にこだわった方がいいよって言うの」

「私が明日美に提案したんだよ。明日美が病気で倒れちゃったからね、芸妓以外の未来も考えてみたらどうか、ってね。凛は真理(まり)の教育に熱心だから、何かいいアドバイスがもらえるんじゃないかと思って相談したんだよ。そうしたらとりあえず高卒の資格を得たらどうか、って言うんだ」

「お母さんからその話を聞いた時、私びっくりしちゃった」

「この娘はまだ若いし、賢いからね。明日美には見える世界を広げてもらいたいって思ったんだよ」

「凛姐さんはね、通信制高校が嫌なら、高卒認定試験を受ければいいって言うの。それで高卒認定試験に受かったら大学に進学すればいいって勧めてくれたの。大学に行けば好きな勉強を専門的にできるし、最終学歴も大卒になるよって。私、自分が大卒になる未来なんて今まで考えたこともなかった」

 皐月にはまだ遠い将来の進路の話だが、明日美にとっては失われた過去を取り戻す話だ。よくわからないけれど、いい話だと思った。

「じゃあさ、もしかしたら俺と明日美が大学で同級生になるかもしれないね」

「皐月と同級生か……。そうなると7年後になっちゃうね。私が先に大学生になって、皐月を後輩として迎えてあげようかな。ふふっ」

 夢のような話だな、と思った。色々なことがあり過ぎて、今日あった出来事がすべて幻のような気がしてきた。このぼんやりした不安を解消するために皐月は京子に触れて、この世界の現実感を確かめたくなった。

「なんだい、急に。肩なんか凝ってないよ」

「そうみたいだね」

「今日はありがとうね」

 京子の身体は小さかった。皐月の祖母は太っていただけに、京子の華奢(きゃしゃ)な体つきが際立っているように感じた。


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