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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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194 老芸妓の心配

 藤城皐月(ふじしろさつき)は路地裏から表通りに出て、検番(けんばん)の正面玄関に回った。紅殻格子(べんがらこうし)の引き戸を開けると、老芸妓(ろうげいこ)京子(きょうこ)が出てきた。相変わらずシャキッとした動きで、いつまでも若々しい。

「こんにちは、お母さん」

「皐月かい? どうしたの、その髪。一瞬誰かわからなかったよ」

「えへへ、似合ってる? ここんとこだけ紫に染めたんだ。カッコいい?」

 髪をかき上げてインナーカラーを京子に見せた。

「男前が上がったねぇ。前の女の子みたいな長い髪も似合ってたけど、今の髪型の方がアイドルみたいで格好いいじゃないか」

「ありがとう。口の悪いお母さんに褒められるってことは、本当にカッコいいんだろうね」

「まあっ、あんたは人のことを何だと思ってるんだい。ところで今日はどうしたの? 涼を取りに来るほど暑くもないのに」

稽古場(けいこば)の下を通りがかったら明日美(あすみ)に声をかけられたんだ。明日美と会うの久しぶりだし、ちょっと遊んでから帰ろうと思って。今日は非番みたいだから稽古の邪魔にならないよね?」

 芸妓の子供の皐月や栗林真理(くりばやしまり)は検番では好き勝手に遊ばせてもらっていたが、稽古の邪魔をした時だけは京子にきつく叱られてきた。

「そのことなんだけどさ……皐月には明日美の稽古の邪魔をしてもらいたいんだ。あの子、昼に来てからずっと一人で稽古をしてるんだよ。(こん)を詰めると身体に悪いから、休ませてやらないとね。あの子は私が言っても聞かないから」

「明日美は真面目だからね。……ねえ、お母さん。明日美って何の病気だったの?」

「なんだい、百合に聞いてなかったのかい?」

「聞いたけど、難しい言葉で言われたから、よくわかんなくて……」

 皐月は咄嗟(とっさ)に嘘をついた。明日美の病気のことを聞いても、小百合ははぐらかして、皐月には何も教えてくれなかった。しつこく聞くと怒られるので、いつかチャンスがあれば誰かに聞いてみたいと思っていた。皐月には直接明日美に聞く勇気がなかった。

「バカだねぇ、あんたは。まあ簡単に言えば心臓の病気だね。あの子は酒もタバコもやらないし、食事だって普段からストイックに節制しているのに、どうしてあんな病気になっちゃったんだろうねぇ」

 明日美の病気が心臓だと知り、皐月は絶望的な気持ちになった。命に関わる病気だし、心臓は治らないと聞いたことがあるからだ。

 皐月の中で明日美と死が繋がってしまった。この不吉な連関に皐月は戦慄した。


 皐月は心臓の病気が最近身の回りで増えていることを実感している。身内が心臓病で亡くなった同級生が何人かいたし、違う学年の先生が一人、まだ若いのに心筋梗塞(しんきんこうそく)で亡くなった。先生の死は児童たちを騒然とさせた。

 宴席(えんせき)でもお客同士で誰誰が心筋炎(しんきんえん)になったとか、亡くなったとかの話をよく聞くようになったと母の小百合(さゆり)が言っていた。真理の母の凛子(りんこ)は明日美の病気がきっかけで神経質なくらい健康に気を使うようになった。

「要するに、俺は明日美を休ませればいいんだね。わかった。やってみる」

「じゃあ頼んだよ。私が顔を出すとあの子、怒るから」

 これは重大な任務だと思った。明日美に無理をさせると命に関わる。何としても明日美を休ませなければならない。


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