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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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113 男のやっかみ

 藤城皐月(ふじしろさつき)は2回ドリブルした後、ワンハンドでシュートを打った。3ポイントラインより少し手前で、リングの真横という少し難しいところからだったが、リングに触れずにシュートが決まった。めったに成功しないシュートなので気持ちがいい。

 花岡聡(はなおかさとし)がその球を拾って皐月にパスした。もう一度打てと言う。さっきのフォームを再現できるように集中してシュートを打ったら、また入った。

「うはーっ、超気持ちいいっ!」

 遠くから拍手が聞こえてきた。手を叩く音のする方を見ると、キャップを深くかぶり、カジュアルなファッションで決めた女の子がいた。ショートパンツから伸びる長い脚の少女は入屋千智(いりやちさと)に違いなかった。


 皐月が手を振ると、千智は手を振り返した。皐月は聡をコートに放っておいて、千智のもとに駆け寄った。

「千智もバスケやってく?」

「ちょっとだけならいいよ。用事があるから、すぐに帰らなきゃいけないけれど」

「じゃあワン・オン・ワンをやりたいな。俺、少しは上手くなったんだぜ」

「うん、見ててそう思った。ワン・オン・ワンはいいけど、今お友達と一緒に遊んでいるんだよね。お邪魔じゃなかった?」

「大丈夫だよ。あいつに千智のこと紹介したいんだけど、いい?」

「いいけど……」

 いいとは言ったけれど本当はそんなにいいとは思っていないんだろうな、という空気が伝わってきた。千智はクラス内のゴタゴタで、男子のことが苦手になってしまったからだ。

「花岡、俺のガールフレンドを紹介するよ。彼女は入屋千智さん。五年生だ」

「はじめまして。入屋です」

 千智はキャップをかぶったままバイザーを持ち、わずかに下を向いた。最低限の敬意は示してくれたので、皐月はホッとした。

「彼は俺と同じクラスの友だちで花岡聡」

「花岡です。よろしく」

 聡が色めいているのがよくわかる。二橋絵梨花(にはしえりか)とはタイプが違うが、千智は五年生の間ではカリスマ的な存在だ。千智は男子に対して心に壁を作る癖があり、やっぱり聡にも壁を作っていた。早く千智を聡から引き離したかった。

「ちょっと俺、千智とワン・オン・ワンやってくるわ。まあボロ負けすると思うけどな」


 皐月の先攻でゲームを始めた。自分ではドリブルが上手くなったつもりでいたが、攻めようと動いた瞬間にあっけなくボールを奪われた。一人でドリブルの練習をしてきたので、自分のイメージではもっとうまく攻められると思っていたが、千智の動きが想像以上に速かった。

 次は千智が攻める番だ。まず左手でドリブルをしていたことに驚いた。初めて二人で遊んだ時は右手でドリブルをしていたので、てっきり右利きだと思っていた。どうやら千智は左右関係なく、両方の手でできるようだ。

 千智はボールの見えにくい後ろ足の辺りでドリブルをしているので、皐月にはどうやってボールを奪えばいいのかわからなかった。

 ゆったりした動きから千智が急加速したので、慌ててついていこうとしたら急に左から右に切り返され、勢いのついた皐月は動きについていけず転んでしまった。尻餅をついた状態で放心していると千智に見下ろされていて、ニコっと笑った後に軽くシュートを決められた。

「全然相手にならねぇ……千智、上手過ぎない?」

「えへへ。ちょっといいとこ見せたかったの。格好よかった?」

「速過ぎて何が起きているのかわからなかった。格好よかったのかどうかもわかんねぇよ」

 まだ立っていない皐月に千智は手を差し伸べた。怪我をしているわけではないので一人でも立てたが、千智に甘えて手を引いてもらった。

「私、もう帰らなきゃ。塾に遅れちゃう」

「忙しいのにありがとう。塾がんばって」

「ありがとう。塾が終わったらメッセージ送るね」


 帰っていく千智に手を振ると、律儀に聡も手を振ってくれた。千智が校門を出ると、聡が待っていましたとばかりに話しかけてきた。

「先生、あの美少女は一体何なんだ?」

 おどけて見せようとする感じは伝わってくるが、聡は明らかに顔が強張っていた。

「彼女になるかもしれない子……かな。夏休みに仲良くなった」

「マジか! 俺なんか夏休みに何の成果もなかったのに……。先生ばっかいい思いしやがって、クソ〜っ!」

「でも花岡理論だと、あの子も不幸になっちゃうんだよな。俺なんかと関わったばっかりに。可哀想……」

 聡が悔しがっているのが皐月には気分が良かったが、その感情を隠すためにわざとネガティブな方向に話を持っていった。

「さっき言ってた、恋愛感情が芽生えたってのはあの子のことか?」

「……ああ、最初はな。でも同じ班になった二橋さんや吉口さんや真理(まり)にもドキドキするし、筒井や松井のことも今までよりも好きになったんだ。なんか自分でも変だなって思うんだけど……」


 皐月が今、最も恋愛感情を感じているのは真理だ。だが真理とはキスをしているので、真理への感情は友達にも隠さなければならない。それに聡に言った話も嘘ではない。

「お前、マジで女好きが加速してんじゃねえか? 思春期っていうより発情期だな」

「なんだよそれ、ひでぇな……。でも最近毎日が楽しいぜ、俺。自分さえご機嫌になれるなら、別に発情期でも何でもいいや」

「そりゃ先生は楽しいだろうよ、かわいい子たちに囲まれればな。俺なんか隣の席、松井だぜ」

「松井はかわいいだろ? いつもお洒落にしてるし、顔面偏差値も高いし。華やかさならあの子がナンバーワンだろ、うちのクラスで」

「あいつ怖ぇんだよな。気が強いし、すぐ怒るし。それに月花(げっか)の女だろ、どうせ」

「松井は博紀のタイプじゃないよ。博紀は自分より頭のいい子が好きだからな。二橋さんとか真理みたいな」

「ああそういうことか……だからお前らって仲がいいのか悪いのかわかんないのか。月花の好きそうな子って、お前が総取りしてるもんな」

「その代わり俺は月花のファンクラブの女子からはまるで相手にされていないんだけどね」

「俺なんか誰からも相手にされてねーぞ、くそ……」


 皐月は今日の聡に博紀と同じやっかみを感じた。聡との関係まで博紀のようになってしまうのかと思うと寂しくなる。

「今のクラスは博紀が女子の人気をほぼ独占してるからな。他の男子にはつらいクラスだよ」

「先生だけは例外みたいだけどな」

「真理は幼馴染だからな。二橋さんは席が隣なだけだし、別に普通だろ」

「普通なわけねーだろ!」

 皐月は聡の怒りをぶつけてくる態度にムカついた。さっさとこの場を離れたくなり、バスケットボールを拾って強くドリブルをした。

 千智のように急加速をしようとしても上手くいかない。右から左へ素早く切り返そうと思っても上手くいかない。

 さっきの千智の情け容赦のない戦い方はストレスの表れだったのかもしれない。千智は自分のことを倒してすっきりしたかもしれないが、皐月はボールを自在に操れなくて余計にイライラしてきた。

 聡はいい奴だ。博紀だって嫌な奴というわけではないが、時々鬱陶しい時があるけど、いい奴だ。

 女が絡むと友情なんて簡単にこじれる。聡まで博紀みたいになったら悲しいなと思い、皐月はリングにシュートを打った。


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