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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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193 容赦のない視線

 修学旅行実行委員会が終わったのは最終下校時間になろうとする頃だった。理科室には委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)と副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)、書記の水野真帆(みずのまほ)の3人が理科室に残っていた。

 皐月は三人で一緒に下校したかったので、真帆にも一緒に帰ろうと誘った。真帆は家の方角が違うので、校門を出てすぐに別れた。皐月は華鈴と二人で通学路の狭い路地に入った。

 皐月は自分が中心になって委員会をやってみて、しおり作りをできるだけ短い時間で終わらせるという目標ができた。

 作業量の全貌が明らかになり、ゴールまでの見通しが立つとやる気が出てくる。有能な真帆が手伝ってくれることになったので、想定よりもずっと早く終わらせることができそうだ。

「俺と江嶋が担当するページ、いつやる?」

「修学旅行のルールをまとめるんだよね。しっかりと『集団行動と約束』を読んでおかないと何もできないね。明日、学校でコピーを取るよ」

「今から駅前のコンビニに行ってコピー取ろうぜ」

「いいよ、お金なんか使わなくても。学校でコピー取るから」

 華鈴はお金に対する考え方が堅実だ。確かに全ページをコピーするとなると小学生の小遣いでは負担が重くなる。

「あぁ……そういうのは江嶋に頼んだ方がよさそうだな。俺、学校のコピー機とか使ったことないし」

「明日の昼休み、児童会室でしおり作りをしたいんだけど、大丈夫? やっぱり昼休みはみんなと遊びたい?」

「いや、さすがに修学旅行が終わるまでは遊べないよ。ちゃんと委員長の仕事をするから」

 皐月は教室で休み時間にいつも受験勉強をしている栗林真理(くりばやしまり)二橋絵梨花(にはしえりか)を見ている。彼女たちの時間を惜しんで努力する姿を見ると、自分も二人に負けないくらい実行委員の仕事を頑張らないといけないと、身が引き締まる思いになる。

「じゃあ、昼休みに児童会室な」

「今日もらった冊子、中休みに藤城君のクラスに取りに行くから。その時にコピーを済ませちゃえば昼休みは全部しおり作りに使えるでしょ」

「わかった。ところで水野さんはどうする?」

「水野さんは誘わなくても児童会室に来ると思うよ。児童会が忙しい時はいつも児童会室で作業してたから、委員会のある間も同じことをすると思う。でも一応声をかけてみるね」


 検番(けんばん)の近くまで来ると二階の窓が開いているのが見えた。今日は芸妓(げいこ)の誰かが稽古をしているのだろう。

 皐月が誰か芸妓が来ていないか意識しながら窓の下を通り過ぎようした。すると、奥の方からこっちをうかがっている視線を感じた。

「どうしたの?」

 立ち止まる皐月に華鈴が声をかけた。皐月にはすぐにその視線が明日美(あすみ)のものだとわかった。陰からそっと覗いているようで、コソコソしている感じが気になったが、明るく手を振って声をかけた。

「お〜い」

 奥から出てきた明日美は軽く微笑みながら窓辺に座り、欄干(らんかん)に手をかけて顔を出した。何気ないポーズが様になっていて格好いい。

 今日の明日美は無造作にひとつ結びをしたラフなヘアースタイルだが、芸妓の時とは違う、都会的なメイクが美しい顔をより引き立たせている。

「皐月、久しぶり。ビデオ通話以来だね」

「直接会うのは一カ月ぶりくらいかな」

「そうね。皐月はこの一カ月で随分変わったね。まるで別人みたい」

「ちょっと成長しただけで、俺は何も変わってないよ。あっ、髪型は変わったかな」

「そう……。こんなところで話しててもなんだから、こっちに上がって来ない? 良かったらそちらのかわいい彼女も一緒にいらっしゃいな」

 明日美がまだ少女の華鈴の目を、大人の眼差しで見据えている。その視線には容赦はなかった。

「江嶋、どうする? 俺は行くけど」

「私は……帰る」

「そうか……。じゃあまた明日」

「うん……」

 華鈴を見送って二階の窓を見上げると、そこにはもう明日美はいなかった。


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