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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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190 実行委員書記からの助け船

 修学旅行のしおり作りで、誰が観光ガイドの文章を書くかという問題が持ち上がった。委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)は最初、全部自分で書いてしまおうと思っていたが、友だちに手伝ってもらうとその場しのぎに言った言葉から新しいアイデアが浮かびそうな予感がした。

「というわけで、今からアイデアを募るよ。ガイド作成は外せないとして、実行委員がガイドを書かなくてもすむような方法って、何かある?」

 険悪な雰囲気を何とか和らげようとしたが、誰もアイデアを出してはくれない。何かを言えば作業を押しつけられると思っているのか、委員たちからは絶対に何も言いたくないという雰囲気を感じる。

 だが皐月はこの状況がかえって自分の意見を押し通せるチャンスだと思い、自分から発案してみようと思った。

「じゃあ俺からアイデアを出すね。クラスの全員にアンケートを取るのがいいんじゃないかな。具体的には、6年生全員に修学旅行で行くのを楽しみにしている場所と、その理由を書いてもらう。みんなが嫌がるといけないから、ほんの一言だけ書いてもらえればいいんだ」

「一言でいいならみんな書いてくれるかもしれないわね」

 皐月のアイデアに副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)が賛成した。他の委員の反応も悪くない。

「うん。これも強制したくないから、書きたい人だけに書いてもらう。記名してもらえたら読むほうも面白いと思うけど、記名が嫌な子は無記名でもオッケーにする。どう?」

「それ面白そうじゃん。俺、読んでみたい」

 あまり協力的でなかった中島陽向(なかじまひなた)が乗り気になった。いい流れになってきた。


「じゃあ陽向、協力してくれるんだな。実行委員のみんなにはクラスでアンケートを集めてもらわなければならなくなるけど、いいかな?」

「これなら協力してもいいよ。アンケート取るだけなら楽だし、俺も一言でいいんだよな」

「ありがとう。マジ嬉しいよ。もちろん陽向も一言でいいよ。でもこんなアンケートなんて面倒くさくて嫌だっていう委員がいたら、そのクラスはアンケートを集めなくてもいい。強制はしたくない」

 皐月は口には出さないが、状況的に6年3組の田中優史(たなかゆうし)中澤花桜里(なかざわかおり)に向けて言った。皐月が二人を見ながら言うと、華鈴も皐月に合わせて二人を見た。皐月は優史か花桜里が何かを答えるまでずっと待つつもりでいた。

「どうする? 田中君」

「やらなくてもいいなら、やめようぜ。面倒臭ぇ」

「え〜っ、私はみんなが書いた一言を読んでみたい」

「だったら中澤が勝手にやれよ。俺パス」

「そんな……」

 優史のやる気のなさに花桜里が泣きそうになった。いつも穏やかな美耶が凄い顔で優史を睨んでいる。

「ちょっと田中君、あなたも実行委員ならもう少し……」

「やめろ! 江嶋」

 皐月は華鈴の言葉を遮るように言葉をかぶせた。

「どうして? みんなで協力しないと、実行委員会の意味がないじゃない」

「意味なんてなくてもいいんだよ。やるべきことだけきっちりとやれば」

「意味がなくてもいいとか言わないでよ。藤城君も委員長なら、もう少しみんなとうまくやろうとか思わないの?」

「しょうがないじゃん。ここにいる委員だって、みんなやりたくてやってるわけじゃないんだから。嫌々やらされてる奴だっているだろ?」

「嫌々やらされてるからじゃなくて、みんなが藤城君のことを嫌ってるから非協力的なんじゃないの? あなたが態度を改めるべきよ」

 みんなが自分のことを嫌ってると言いながら、本当は華鈴が自分のことを嫌っているんだと思った。さすがの皐月もこれには堪えた。

「……そうかもしれないな。江嶋も俺のことが嫌なら、協力しなくてもいいよ」

「そんなこと……私ができるわけないでしょ」

「ありがとう。嫌々でも協力してくれるのは嬉しい」


 そうは言いながらも、皐月はもう華鈴には頼れないことを覚悟した。頼めば華鈴なら義務感から自分のことを助けてくれるとは思う。だが、華鈴が自分のことを嫌っているのなら、自分から距離を置こうと思った。

「私は協力するよ。藤城君の委員会の進め方、小気味よくて好きだから」

 キーボードを叩く手を止めて、水野真帆(みずのまほ)が皐月に言葉をかけた。

「水野さん、ありがとう。俺……本気で嬉しいよ」

 悲しみに暮れている時に優しい言葉をかけられ、皐月は泣きそうになった。孤立無援ではないことがこんなにも心を強くするとは思わなかった。

「水野さん、もしよかったらアンケートの集計を手伝ってもらえるかな?」

「いいよ。入力系なら任せて。PCでやる作業なら全部私がやるよ。しおり作りなんか簡単だから」

「本当? 水野さんってパソコン得意なの?」

「まあ、それなりにだけど。他にあまり能がないけどね」

 真帆が初めて委員会で笑った。皐月は勝手に真帆のことをクールで近寄り難い子だと思い込んでいた。

 よく見ると、真帆はショートボブがよく似合うかわいい子だ。ナイロールフレームの眼鏡が仕事ができるオーラを醸し出している。皐月の好きなタイプだ。

「助かる。俺もパソコン使えないわけじゃないけど、オフィス系のアプリってあまり使わないから、これから勉強しようと思ってたんだ」

「いいよ、そっちは全部私がやるから。じゃあ、明日までにアンケート用紙を作っておくね。委員会でアンケート用紙を各クラスの人数分印刷して、配れるように用意しておくから。フォーマットは私に任せて」

「頼む」

 真帆という強い味方ができ、皐月は平常心を取り戻した。委員のみんなを早く家に帰そうと考えていた予定が遅れてしまったので、皐月は委員会を終わらせにかかった。

「そういうことだから明日の委員会でアンケート用紙を配ります。明後日(あさって)の朝の会でクラスのみんなにアンケート用紙を配ってもらって、明々後日(しあさって)の日の委員会で回収します。いいですか?」

 委員たちが少しざわついているが、最低限の協力ならしてもらえそうに見えた。

「アンケートは全員分集まらなくてもいいから。みんなもクラスの子に強制しないでね。とにかく楽しんでやろう。絶対に今までで一番面白いしおりになると思う」

「どうかアンケートのご協力お願いします」

 皐月の言葉に続いて華鈴が委員会をまとめようとしてくれた。華鈴は席を立ってみんなに向かって頭を下げた。思わぬ華鈴の行動に皐月は感動し、華鈴にならって頭を下げた。

「今日の委員会はこれで解散。明日もよろしく」


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