189 強制はしたくないんだ
修学旅行のしおり作りは今のところ順調に進んでいる。委員長の藤城皐月がガンガン進め、副委員長の江嶋華鈴がうまくサポートをしているからだ。
「じゃあこのページを手書きにするかどうかだけど、手書きにすると手作り頑張りましたって感じが出て、みんなから実行委員たちは頑張ったって評価してくれると思うんだよね。このページを手書きにしたい人は手を上げて」
水野真帆以外の女子3人と、皐月と中島陽向が手を挙げた。多数決で手書きに決まった。
「じゃあこのページは手を挙げてくれた中澤さんと筒井にお願いするね」
「えーっ! そんなこと言うなら手を挙げなければよかった」
キーボードを叩いていた真帆が一瞬笑った。
「筒井は字が上手いもんな。下書きは委員長と副委員長で考えておくから清書だけ頼むね」
「私って字上手い?」
「俺は筒井の字、好きだよ。だから筒井が書いた字のしおりを読んでみたいなって、ちょっと俺の好み入れ過ぎかな?」
「上手いとは言ってくれないんだね。でもいいよ、やるから」
「ありがとう。助かる」
この先のページは旅行のタイムテーブル、旅館での過ごし方、連絡先一覧などの実行委員が手を入れる必要のないものばかりだった。
だが一つだけ大変な作業がある。それは修学旅行の訪問先について、実行委員が一人一カ所、紹介文を書かなければならないことだ。
皐月は借りた昔のしおりを読み、これが委員長としてしおり作りをする際に最も苦労するだろうな、と憂鬱になったところだ。
「ちょっと面倒だとは思うけど、観光ガイドをみんなに書いてもらうことになる。今までの実行委員もみんなやってきたようだから、これは避けられないかなって考えている」
稲荷小学校の修学旅行のしおりには毎年必ず実行委員による観光ガイドが書かれている。一人当たりの文章は半ページ程度のものだが、皐月はこの仕事が実行委員の重い負担になると思った。
「ここに書く文章はどこかの観光ガイドからパクってきてもいいと思うけど、できれば読んで面白いことを書いてもらいたい。例えばお寺の由来のような本の載っている情報を書くんじゃなくて、こんなところが面白そうだよ、みたいな感じの感情に訴えるようなことを書いてもらえると嬉しい」
「これ、イラストよりやべーじゃん」
陽向のガヤが迷惑レベルになってきた。皐月は委員会の空気が悪くなっていると感じた。
「どの観光地について書くかは次の委員会までに決めておいてもらいたい。いいかな?」
「なあ、これって絶対書かなきゃだめなのか?」
3組の田中優史が気怠げに言った。優史は昨日、委員会を途中で帰った委員だ。陽向に影響されたのか、直接的な批判をしてきた。
「強制はできないな。嫌なら書かなくてもいいよ」
「じゃあ俺、パス」
「わかった」
「ちょっと! 簡単にわかったなんて言わないでよ」
ここまで黙って皐月の指示通り動いていた華鈴が声を荒げた。昨日の委員会で優史が先に帰ったことを皐月は放っておいたが、華鈴はそんな皐月に反発した。今日はその時よりも強く非難してきた。
「いいよ。俺はやりたくない人に無理強いしたくないんだ。他に田中君のようにガイドを書きたくない人っている?」
「やりたくないなら、やらなくてもいいんだろ? じゃあ俺もやめる」
陽向もやりたくないと言った。陽向は立候補ではなく推薦で修学旅行実行委員になったので、積極的に委員会に参加するつもりはないみたいだ。
皐月と陽向はクラスが違う。仲がいいといっても、遊びの中だけだ。その程度の関係性では全面的に協力はしてもらえないのだな、と皐月は陽向への認識を改めた。
「僕はイラストに全力を出したい。書けたら書くけど、書けなかったらごめん」
「そうだったね。わかった。黄木君は最高の表紙を描いてくれたらそれでいいよ」
「私も書かなくてもいいの?」
中澤花桜里まで言い出した。
「いいよ」
「ちょっと待ってよ、みんな。そんなこと言い出したら、修学旅行実行委員の意味がないじゃない」
華鈴の声に力がなかった。それは怒っているというよりも悲しんでいるようだった。
「そんなこと言われても……藤城君がいいって言ったから」
花桜里は実行委員に立候補したと言っていたが、北川のクラスだから立候補ではなく指名されたのだろう。だから花桜里も、委員会なんて真面目にやりたくない、と思うのは仕方のないことだ。
「委員長、これどうするの? あなたが書かなくてもいいって言うから、書く人がいなくなっちゃうじゃない」
理科室の教壇に立っている皐月は委員たちを見るのをやめ、隣で書画カメラを操作している華鈴を見て話した。
「俺の考えはね……しおり作りが嫌なら、他の仕事をきっちりとやってもらえればいいと思うんだ。実行委員の仕事はしおり作りだけじゃないからね。例えば委員会で先生から言われたことをクラスのみんなに伝えるとか、修学旅行当日にクラスをまとめるとか、実行委員の仕事は他にもたくさんある」
華鈴が何も返事をしなかったので、皐月は話を続けた。
「だから、しおり作りでみんなにあまり負担をかけたくないし、強制もしたくないんだ」
「じゃあ、しおり作りはどうするの?」
「資料を見てわかったけど、作業量としては大したことなさそうだから、何とかなるよ。なんなら俺がクラスの友達に頼んで、観光ガイドを書いてもらえばいいって考えてる。友達ならたぶん三人くらいは協力してもらえると思う」
皐月は学級委員の月花博紀と二橋絵梨花、文学少女の吉口千由紀に観光ガイドの文章を依頼しようと考えていた。この三人ならきっと協力してくれるだろう。もし断られたら、全部自分で書くつもりだ。
「あと、ガイド作りのことなんだけど、過去のしおりの作り方から離れて、新しいアイデアを出せばいいんじゃないかな。今俺が言ったように、委員以外の誰かにお願いするとか」
華鈴はしばらく沈黙していたが、皐月の言うことに納得したのか、冷静さを取り戻したようだ。
「新しいアイデアね……こんなにみんなが嫌がるのなら、やり方を変えた方が賢明かもしれないわね」




