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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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187 じゃあ私が書記をやる

 修学旅行実行委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)は修学旅行のしおりの制作に着手した。

 北川先生からしおり作りの役割分担をしておけと言われているが、皐月にはそもそもどんな役割があるのかもわからない。仕事内容を把握するために、まずは委員全員で資料と過去のしおりを見ながら探っていこうと思った。

「ええと……今から北川先生からもらった今年のしおりの原案をみんなで見るね。それを見ながら実行委員が何をするのかを決めようと思う。できればその時に誰が何をやるのかという役割を決めてしまいたい。今日の委員会はここまでで終わり」

 4組なら誰かが何かを突っ込んでくるが、委員会では誰も何も言わずに黙っている。みんなは何をやらされるのかと警戒しているのだろう。重い空気に皐月がげんなりしていると、江嶋華鈴(えじまかりん)が口を開いた。

「修学旅行実行委員は短期間でしなければならないことが多くなると思いますが、どうかご協力お願いします」

 華鈴らしいな、と皐月は思った。華鈴は5年生の時から何かをする時はみんなで協力しようと言っていた。でもそれがうまくいったことはほとんどない。だから面倒なことや、人が嫌がることを華鈴が抱え込むことになっていた。

「もし仕事が多すぎて間に合わなくなりそうだったら、俺が何とかするから。まあ気楽にやろう」

 何となくみんなの気持ちが緩んだような気がした。華鈴はみんなに協力してくれと言ったが、皐月はこの言葉に強制が含まれていると感じた。皐月は人から強制されるのが嫌いだから、人にも強制したくない。だからみんなを安心させたいと思った。


「じゃあ今から資料の内容をみんなで確認しよう。江嶋、書画カメラの用意よろしく」

「はい」

 児童会長の華鈴は児童会ではみんなを従える立場だろう。そんな華鈴を自分が従えていることで、皐月は華鈴に恥をかかせてはならない、と責任を感じ始めた。

「仕事内容と担当者をメモしていきたいんだけど……筒井、書記をやってくれないか?」

「えっ? 私?」

「頼むっ。手伝ってくれよ〜。ちゃちゃっとメモするだけでいいからさ」

「そんなに簡単なの?」

「しおりを作るためだけのメモだから、適当でいいよ」

「……じゃあ手伝うけど」

 美耶がランドセルからスムージーに(かたど)られたメモ帳を取り出した。実行委員のみんなは今回からランドセルを持って理科室に集まってきており、帰りは教室に寄らずにそのまま帰ることにしている。


「ちょっといい?」

 6年2組の水野真帆(みずのまほ)が手を上げた。真帆が皐月と美耶とのやり取りに怒っているような感じがして、皐月は身構えた。真帆は強引に美耶を書記にしたことが気に入らなかったのだろうか。

「この委員会、議事録は作らないの? 藤城君はメモするだけっていいって言ってたけど、それって適当過ぎない?」

 真帆は児童会書記をやっている。どうやら真帆は皐月の書記に対する認識が気に入らなかったようだ。皐月は自分の人格を攻められたわけではないことがわかりホッとした。

「しおりを作るための備忘録のつもりだったんだ。先生に提出したり、後に残すものじゃないから、適当でいいかなって思ったんだけど、だめか?」

「だめってわけじゃないんだけど、どう思う? 会長」

 真帆は華鈴に意見を求めた。

「私はここでは副委員長だから、会長はちょっとやめてほしいかな……。私は委員長がやりたいようにやればいいと思うんだけど、委員長の考えは?」

 華鈴を介しての真帆とのやり取りは面倒くさい。皐月は迅速に作業を進めたいと考えているので、ここは毅然とした態度を取らなければと思った。


「俺の考えは……最優先したいのはしおりの制作を含めて全ての作業をさっさと終わらせること。議事録を作るのは余計な仕事を増やすことになるから、できればやりたくない。過去の実行委員会の議事録って残っていないみたいだから、これは今までの実行委員が必要ないと考えていたんだろうな。でも議事録を残せば、来年以降の委員会の役に立つと思うし、実行委員会の活動もスムーズになるだろう」

 話しながら皐月は今5年生の入屋千智(いりやちさと)のことを考えた。千智は来年、実行委員をやってみたいと言っている。自分が今年の委員会で資料を整備しておけば、来年の千智たちの世代の役に立つかもしれない。

「じゃあ、必要性を感じているけれど、時間的な余裕がないから躊躇してるってこと?」

「躊躇……そうかもしれない。仕事量と時間をまだ把握できていないから不安があるのは確かだ」

「それなら私が書記をやる。議事録は私の好きなように作らせてほしい。もちろん実行委員としての仕事もやる。委員長の足を引っ張るようなことはしないから、いいでしょ?」

「そんなことしたら水野さんの負担が重くなるじゃん」

「いいの。私が好きでやりたいって言ってんだから」

「江嶋はどう思う?」

 皐月は真帆のことをよく知らない。2年生の時に同じクラスだったことは覚えているが、当時はそれほど皐月と真帆の仲が良かったわけではなかった。

「水野さんに任せて上手くいかないってことは私には考えられない。委員長の言う通り本来の仕事じゃないことが増えちゃうけど、議事録を作るのはいいことだと思う」

「わかった。それじゃあ書記は水野さんに任せる。筒井、そういうわけで書記はもういいや。悪かったな、こっちの都合で振り回しちゃって」

「別にいいけど……」

 美耶がすこしホッとした顔をしている。皐月は気安く何でも頼める美耶に甘えていた。


「ありがとう。じゃあ今からしおり作りを始めよう。江嶋の方はもう準備終わった?」

「いつでもいいよ」

「じゃあ水野さんは書記よろしく」

「タブレットが立ちあがるまでちょっと待ってて」

 真帆は学校から配布された Chromebook をランドセルから取り出した。本格的に議事録を作ろうとすると、しおり制作のスピードが落ちる。

 華鈴は議事録を作るのはいいことだと言うが、皐月はいいと思われていることこそ見切りをつけなければならないと考えている。優先順位を間違えると時間が足りなくなる。

 自分と絵を描く1組の黄木昭弘の二人でしおりを作れたらどんなに物事がスムーズに運ぶかと思う。だが実行委員の仕事はしおり作りだけではない。

 皐月にはまだ実行委員のやるべきことの全貌がわからないので、委員会の運営に迷いが出る。先生が最初に実行委員の全体像を示してくれたらいいのにと腹が立つ。後進には同じ思いをさせたくないと思った。

「こっちの準備はできたよ。委員長は書記のことは気にしないでどんどん話を進めて。私は大事なところは漏らさず全部メモしていくから」

 思ったよりも早く真帆の準備が終わった。皐月が言葉を発する前から真帆は猛烈な速さでタイピングを始めた。皐月からは真帆が何を打ち込んでいるのか見えないが、華鈴の言う通り、真帆に任せておけばきっと間違いはないのだろう。


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