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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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184 お姉さんみたいな人

 掃除の始まりを知らせる「イン・ザ・ムード』が校内に流れ始めた。藤城皐月(ふじしろさつき)と同じ班の神谷秀真(かみやしゅうま)岩原比呂志(いわはらひろし)が一度席に戻って来た。この後、『シンコペイテッド・クロック』、『ジ・エンターテイナー』と曲が続き、10分で掃除の時間が終わる。

 稲荷小学校では掃除機が導入されている。コードレスのハンディクリーナーが3台とヘッドが軽いキャニスター型が1台ずつ各教室に配備されている。

 (ほうき)で床を掃いて、雑巾で拭いていた頃に比べて掃除時間が短くなり、児童の負担も減った。普段の掃除の時間では特に汚れたところや掃除機の使えないところを重点的に雑巾で水拭きする。

 教室の黒板の横に掃除当番表が貼られている。今週の皐月たちの班の掃除場所は廊下と階段だ。

 廊下は放課後にお掃除ロボットを走らせるので、主に階段の掃除をすることになる。比呂志がハンディクリーナーを取りに行き、皐月たち五人は廊下の手洗い場で雑巾を濡らしに行った。

 廊下に一カ所しかない手洗い場は六年生の全クラスが共用しているので順番待ちの列ができる。


 二橋絵梨花(にはしえりか)が皐月に話しかけてきた。

「ねえ藤城さん、さっき言ってたユウキさんってどういう人? 私って言ってたから女性だと思うんだけど」

「皐月のお姉さん」

 一緒にいた栗林真理(くりばやしまり)が嘘をついた。余りにも自然に、しかもぶっきら棒に嘘を言うので皐月はとっさに反応できなかった。

「へぇ〜、藤城さんってお姉さんがいるんだ」

「いや……まあ、お姉さんみたいなもんかな」

「えっ? みたいなものってどういうこと?」

 皐月と祐希の関係には事情が込み入っている。どうやって端的に説明すればいいのかを考えていたら、少し間ができてしまった。

「話しにくいことだったら別にいいよ」

「いや……全然そんなことないよ。博紀(ひろき)だって知ってるし。ところで二橋さんは芸妓(げいこ)って知ってる?」

「ゲイコ? 漢字はどうやって書くの?」

「芸術の芸と、女偏に支える。意味は舞妓さんの大人バージョンみたいなものかな。もっとも豊川の芸妓は京都の芸妓とは全然違うけど」

「なんとなくなら想像がつくけど……」


「私はわかる」

 一緒に列に並んでいた吉口千由紀(よしぐちちゆき)が自信を持って言った。千由紀はわかっているような感じで言ってはいるが、文学の中に出てくる芸妓を想像されると誤解をされそうだ。

 現代の田舎の芸妓のことなんて世間にはあまり知られていない。説明が面倒なので、皐月は話を進めることにした。

「うん。なんとなくわかってくれるならそれでいいよ。俺だって知らないことたくさんあるし」

 蛇口の順番がまわって来たので、それぞれ手に持っている雑巾を水で濡らして硬く絞った。皐月の次に雑巾を絞り終えた秀真が絵梨花たちとの話に入ってきた。

「なあ皐月(こーげつ)、お前のお母さんってもしかして今言った芸妓ってやつ?」

「そうだよ」

「そっか……全然知らなかった」

「まあ親の仕事なんて、自分からペラペラ喋ることじゃないからな。正直今、話していて恥ずかしいよ」

「ごめんね。そんなプライベートなこと聞いちゃって」

「いいよ、俺が勝手に話したんだし。で、家は置屋(おきや)なんだけど、これも説明した方がいいね。階段を拭き終わったら続きを話すわ」

 絵梨花は謝ってくれたが、元はと言えば自分がうっかり、及川祐希(おいかわゆうき)に勉強しているところを見られた、と口にしたことが原因だ。

 今にして思えば真理が祐希のことをお姉さんだと言った言葉に乗っておけばよかったと思う。デリケートな話は関係性が深くなってから個別に話せばよい。


 廊下の汚れを五人でチェックして、ロボット掃除機ではきれいにできないところをピンポイントで拭いた。決められた範囲を全て拭き終わり、教室の隣の階段まで来た。比呂志がハンディクリーナーで階段の埃を吸っていた。

「岩原氏、お待たせ」

「藤城氏、30秒遅延してますよ」

「今日の手洗い場は混雑していて、コムトラック(列車をダイヤ通りに動かすための進路制御)でもさばききれなかったよ」

「清掃は7分で終わらせましょう」

「新幹線かよっ!」

 皐月たちは四階から三階までを階段と手摺と踊り場に分かれて拭き始めた。六人で掃除をしたので、あっという間に終わってしまった。


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