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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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182 図書委員の手伝い

 藤城皐月(ふじしろさつき)は返却作業をしている図書委員の野上実果子(のがみみかこ)に背を向けて、早歩きで図書室のカウンターに向かった。

 さっきまで誰もいなかったカウンターでは低学年の女の子たちが入屋千智(いりやちさと)に一所懸命話しかけていた。みんな少し緊張しながらも、楽しそうだった。隣にいる月映冴子(つくばえさえこ)が千智たちを優しい目で見ていた。本を抱えた皐月は冴子に一言声をかけた。

「本、もらっていくね」

「お手伝い、ありがとうございます」

「千智ってちびっ子に人気があるんだね」

「入屋さんはかわいい人ですから」

 皐月は冴子と言葉を交わすといつもかしこまってしまう。両手がふさがっているので、軽く頭を下げて実果子の元へ向かった。

 皐月は冴子のようなタイプの女子に会ったことがなかった。冴子はおそらく優等生なのだろうが、華鈴や絵梨花とはタイプが違う。冴子は年下なのに、畏れ多い雰囲気を出している。


 皐月が戻ってくると実果子は泣き笑いのような顔をしていた。そんな実果子の顔を見ると肩の力が抜け、ホッとした。実果子と一緒にいると全然気取らなくてすむ。

「もう手伝ってくれなくてもいいのに。早くあの子のところに行ってあげたら」

「ちゃんと仕事を片付けないと千智に怒られるからな。千智は一度始めたことは最後までやらないと気が済まないんだって。途中で手伝いを投げ出したら俺、千智に怒られちゃうよ」

「私に『もういい』って言われたことにすればいいのに」

「いいよ、別に。それにこうして野上と一緒に仕事してると、五年生の時を思い出して懐かしいじゃん。俺、あのクラスはあまり好きじゃなかったけど、野上や江嶋と同じ班で、二学期からずっと一緒にいられたのは楽しかったよ」

 皐月と実果子はすぐに仲良くなれたわけではなかった。いつもイライラしていた実果子に皐月はなかなか話しかけられなかったし、話しかけても無視されたり、冷たくあしらわれることが多かった。

 それでも話しかけ続けているうちに、実果子も皐月に応えるようになり、冬になる頃には普通に話せるようになっていた。

「……藤城さ、さっき言ったよな?」

「何を?」

「……なんでもない。それより、手伝いは今持ってる本だけでいいよ。どうせ昼休み中に片付かないし、残りはいつも放課後に片付けてるから」

「あと少しで終わるじゃん。全部やっちゃおうぜ。放課後の仕事なんて少ない方がいいだろ」

「いいよ、あんたの時間取っちゃうから。せっかくかわいい女の子と遊んでいたのに悪いって」


 カウンターを見ると、カウンターで千智と冴子が話をしながら何か作業をしていた。低学年の子たちはもう帰り、図書室には読書をしている児童が数人残っているだけだ。

「千智は月映さんと話をしているみたいだから大丈夫。それより図書室って、本を載せて運ぶ台車はないの? いちいち手で運ぶなんて大変じゃん」

「折り畳み式のブックカートを買おうっていう話はあったみたいだけど、返却の本っていつも大した量じゃないから、図書委員が手で運べばいいってことになった。今日はたまたま返却が多かったけどね。本を戻しきれなかったら放課後にやればいいし、次の日に仕事を残して帰っちゃう図書委員もいる。昼休みギリギリに返しに来る子もいるから、そういうのは仕方がないんだけど」

 実果子と皐月が本を棚に戻していると、冴子と千智がやって来た。千智は皐月と同じやり方で本を左手で運んでいた。

「野上さん、残りの本は私たちが戻しておきます」

「そう? ありがとう。千智ちゃん、本重くない?」

「いえ、大丈夫です。あれっ? 私の名前、ご存じだったんですか?」

「藤城が千智ちゃんの話ばかりしてたから。千智千智って」

「おいっ!」

「入屋さんも藤城さんの話ばかりしてたんですよ。先輩先輩って」

「ええーっ! 月映さんまでそんなこと言う?」


 皐月と千智が照れているのを見て、実果子と冴子が笑っている。

 実果子は5年生の時にセルフブリーチした髪が伸びてプリンになって、ちょっとヤンキーみたいだ。冴子はセンター分けのワンレンセミロングで大人っぽく落ち着いている。そんな見た目のタイプが真反対な二人が仲良くしているのを見ていると嬉しくなる。

 皐月は実果子が他の女子と仲良くしているところをほとんど見たことがない。同じクラスの吉口千由紀(よしぐちちゆき)と仲が良かったらしいことを、昨日の図書室でのやりとりで初めて知ったくらいだ。

 実果子は五年生の時、クラスの女子とはうまく付き合っていなかった。それは実果子の髪の色や服装が小学生らしくなくて怖そうだということもあるが、言動に悪い大人特有の険があったからだ。

 冴子は五年生でありながら妙に落ち着き払っている。表情は豊かではないが、笑顔に品があり、言葉遣いが丁寧で怜悧な印象だ。それでいて千智をいじるような剽軽なこともする。皐月は冴子の人柄に底知れなさを感じている。

「後は私と冴ちゃんでやるから。千智ちゃん、図書委員じゃないのに手伝ってもらっちゃって悪いね」

「いえ。図書委員の経験ができて楽しかったです」

 千智から実果子に本が手渡された。

「ありがとう。もうすぐ昼休みが終わっちゃうけど、藤城のお世話は千智ちゃんに任せた」

 皐月は千智とカウンターの中に入り、返却棚に置いておいた皐月の借りる志賀直哉の『小僧の神様・一房の葡萄』と、千智が借りる芥川龍之介の『トロッコ・鼻』を持って図書室を出た。

 皐月たちは教室に戻る途中の階段の踊り場で話をしようと思ったが、人通りが多く目立って仕方がないので、この日は別れた。


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