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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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179 シンクロニシティ

「今日借りる本はこれ」

 入屋千智(いりやちさと)は『少年少女日本文学館』の第6巻『トロッコ・鼻』を手に取った。昨日、藤城皐月(ふじしろさつき)が『るるぶ 京都』と迷って借りなかった芥川龍之介の本だ。

 絵梨花がこの本に収録されている『羅生門』を読んでいたのがきっかけで、皐月の周りでちょっとした羅生門ブームになっている。

「ついこの前、この本に載ってる『羅生門』読んだよ。面白かった」

「ほんと? 私、それ読んだことないな……。『トロッコ』なら塾の教材で読んだことあるけど」

「苦痛だった?」

「ううん。『トロッコ』は面白かった。だから芥川龍之介の小説が載ってる6巻は早く読みたいなって思ってたの」

 絵梨花に『トロッコ・鼻』を見せてもらった時は『羅生門』にしか目に入らなくて、千智の読んだ『トロッコ』には無関心だった。

 皐月はその日に家で青空文庫の『羅生門』の全文を読んだ。ネットのテキストは詳細な注釈がなかったが、PCならその場ですぐに言葉の意味を調べられる。

『羅生門』は面白く読めた。今読んでいる『歯車』も面白い。皐月は芥川の他の小説も読んでみたくなった。

「俺の周りでね、今『羅生門』が流行ってるんだ。まさか千智まで『羅生門』を読むことになるとは思わなかったよ」

 皐月は芥川から千智が絵梨花や千由紀、真理に繋がったことに不思議な縁を感じた。シンクロニシティという言葉が頭をよぎった。


「先輩の周りで『羅生門』が流行ってるって、なんだかすごい気がするんだけど……」

「そうだよね、やっぱちょっとすごいよね。たまたま俺の周りに文学好きと中学受験をする子がいて、その子たちの知的レベルが高いんだよ。クラスの他の奴らは昔の小説なんて全然興味がないからね」

「へ〜、その子たちね。クラスの子は奴らなんだ。先輩、『羅生門』を読んでる人って女の子でしょ?」

 千智がからかうような、試すような眼で皐月を見ている。

「御明察。千智は名探偵だね」

「その女の子は二橋さんでしょ?」

「えっ! なんでわかったの?」

 女の子ということがわかっただけでも驚いたのに、いきなり絵梨花の名前が出てきてビックリした。一瞬で腕に鳥肌が立った。

「同じ塾に通ってるからね。豊川(とよかわ)から通っている子ってほとんどいないんだけど、稲荷小学校からは私と二橋先輩だけだから、たぶんそうかなって思って」

「なんだ、びっくりした。霊感でもあるのかと思ったよ」

 千智が『トロッコ・鼻』を手に取った時、皐月は真っ先に絵梨花のことを思った。そんな絵梨花の名前がいきなり出てきたことに驚いたが、それだけでなく、文学の話から男女の話へ飛躍したことにも気持ちが揺れた。


「二橋先輩とは少しだけど話したことあるよ。すごくいい人だし、お人形さんみたいで、かわいらしいよね」

「そうだね。でもかわいさじゃ千智には敵わないと思うけど」

あ〜っ! 適当なこと言ってるでしょ? 全然そんなことないのに、すぐそうやって煽てる」

「煽ててないよ。本気でそう思ってるから。まあ、俺の感情が上乗せされているからね。評価が甘くなっちゃってるかもしれないけどね」

「じゃあ素直に喜んでおく……ありがとう」

 本気で思っていることでも、言うタイミングによってはいやらしくなるものだ。皐月の気持ちを聞いて嬉しそうにしている千智を見ていると、皐月は救われる気持ちになる。

 底の見えない千智のスペックに卑屈になりそうな時もあるが、目の前にいる千智はただのかわいい女の子だ。皐月は千智の前では恐れを抱きながらも、格好つけていようと思った。

「そろそろ行こうか。本借りようぜ」

「うん」

 貸出カウンターを見ると、野上実果子(のがみみかこ)月映冴子(つくばえさえこ)がこちらを見ていた。実果子は少し機嫌が悪そうだ。皐月が先に立って、実果子の視線から千智を隠すようにカウンターへ歩を進めた。


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