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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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177 『城の崎にて』の寓意を怖がる少女

 藤城皐月(ふじしろさつき)は図書室での待ち合わせを失敗だと思った。今日は昨日とは打って変わって低学年の児童が大勢いる。静かすぎるのも会話の声が響いてしまうが、騒がしいのも落ち着かない。

 だがこれなら普通に話をしていても図書委員に注意されることはないだろう。今週の当番の野上実果子(のがみみかこ)月映冴子(つくばえさえこ)はカウンターで忙しそうにちびっ子たちの相手をしている。

 バケットハットを取った入屋千智(いりやちさと)はセミロングの髪型が似合っていた。少し髪が伸びたからなのか、毛先を大きくワンカールさせている。

 及川祐希(おいかわゆうき)も高校へ行く前にヘアアイロンを使って毛先を内巻きしたり、外ハネにしてりしてボブに動きをつけている。皐月のクラスではおしゃれ好きの松井晴香(まついはるか)が毎日髪型を変えて楽しんでいる。

「本を返すって言ってたよね。何の本を借りたの?」

「この本なんだけど……」

 その本には『少年少女日本文学館』シリーズの第5巻『小僧の神様・一房の葡萄』で、志賀直哉、有島武郎、武者小路実篤という三人の白樺派の短編小説が収録されている。

 これは二橋絵梨花(にはしえりか)が読んでいた芥川龍之介の『トロッコ・鼻』を図書室へ探しに来た時に貸出中になっていた本だ。こんな文学書を読むのは吉口千由紀(よしぐちちゆき)のような読書好きの子だと思っていたので、借りていたのが5年生の千智だと知り、皐月は千智に対する認識を新たにした。千智とも文学の話ができそうで嬉しい。


「面白かった?」

「う〜ん、面白いのもあった。面白いっていうより印象深かったって言った方がいいかもしれない」

 慎重に言葉を選ぶ千智に皐月は才智の深さを感じた。5年生でありながら学力では千智に敵わないのに、最近目覚めた読書でも負けてしまうのかと思うと、千智に対してコンプレックスを感じないわけにはいかなくなる。

「そうだよね、エンタメじゃないもんね。俺の聞き方が悪かった。じゃあ千智にとって最も印象深かった小説はどれだった?」

「んん……そうだね、志賀直哉の『城の崎にて』かな。いろいろ考えさせられて、何回も繰り返して読んだよ」

 皐月は『城の崎にて』を読んだことがなかった。たぶん千由紀なら読んでいるだろう。こういう時に自分も読んだことがあると言えるようになりたいと思う。

 絵梨花も千由紀も好きな話は何度でも繰り返して読むと言っていた。読み返すごとに理解が深まって面白くなるらしいが、千智は理解を深めるために何度も繰り返し同じ話を読んでいるようだ。

「いろいろ考えたって言ったけど、どんなことを考えたの?」

「……生と死、かな?」

「生と死!」

「いや、違う! そんな皮相的なことじゃなくて、なんていうかな……もうちょっと現在や未来の自分の身につまされるっていうか……」

 千智は難しいことを言う。皐月は「皮相的」という言葉を日常会話で初めて耳にした。漢検の勉強をしていなければ千智の言う意味がわからなかったかもしれない。

 千智は皐月との会話を重ねるにつれ、まるで皐月の知性を試しているかのように語彙のレベルを上げてきている。皐月は千智の賢さを知り、あえて小学生らしからぬ言葉を使うように背伸びをしてきたが、最近では千智についていくのがキツくなっている。

 そんな千智が『城の崎にて』の中に言語化が難しい何かを見出した。

「この話を読むとね、先輩に会いたくなるの」

「えっ、そうなの? どういうこと?」

「教えてあげない」

「なんだよ、それ」

 深刻な顔をしたかと思えば小悪魔のような顔をしてみせる。千智はそうして自分のことを値踏みしているのだろうか。皐月は時々このように千智に翻弄されてしまうが、女子に弄ばれるのは嫌いではない。だがいつか見切りをつけられてしまうのではないかという恐れも感じている。


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