表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
72/142

176 会える時には会わないとダメ

 藤城皐月(ふじしろさつき)と同じ班の神谷秀真(かみやしゅうま)岩原比呂志(いわはらひろし)が登校してきた。この二人は始業時間ギリギリに教室に入ってくることが多い。

「藤城さんも月花さんたちみたいに観光地に行きたいって言ってたね」

 二橋絵梨花(にはしえりか)は皐月の言ったことを憶えていた。

「でも秀真(ほつま)や岩原氏がマニアックなところを攻めてくるからな……」

「なんだよ、マニアックって」

「やっぱり藤城氏はあっち側に寝返ったんだね」

 自分の席に着くなり秀真と比呂志が憤慨した。本気で怒っていないことはわかっていたので、こういう突っ込みがただ楽しかった。

「俺たちの班は女子がフォトジェニックなところに行きたがってるみたいだ。ただの観光地だけじゃ満足しないだろうな……」

 月花博紀(げっかひろき)が絵梨花を意識して、「()える」と言わずにフォトジェニックなんて格好つけたのがおかしい。

「どこに行こうか決める時間って楽しいよね」

 絵梨花がきれいにまとめてくれたのを聞いて、博紀は自分の席に戻って行った。その直後に担任の前島先生が教室に入って来た。


 昼休み、皐月は真っ先に給食を食べ終え、班のみんなに昨日買った『るるぶ』を見せた。好きに読んでいいと、食器を片付け終わった自分の机の上に置いた。

 皐月は図書室で借りている古い『るるぶ』を持って、一人で図書室へ返却をしに行った。今日だけは一人で図書室に行きたかったので、必要以外のことは何も話さないで教室を出た。

 図書室に入ると昨日と同様、今日の待ち合わせの相手と同じクラスの月映冴子(つくばえさえこ)が一人でカウンターに座っていた。時間が早かったからか、図書室には冴子の他には誰もいなかった。

「返却お願いします」

「はい」

 冴子は淡々と返却作業を済ませた。図書室にはまだ6年生の図書委員の野上実果子(のがみみかこ)がいなかった。いい機会だと思い、皐月は冴子に話しかけてみた。

「月映さんって給食を食べるの、早いんだね」

「図書委員の時はがんばって早く食べるんです。藤城さんのように早く来る人を待たせたくないですから」

「待たせちゃえばいいじゃん。月映さんはゆっくりと優雅に食事する方が似合うよ。野上はまだ来ていないんだね」

「今週は給食当番と重なっているので少し遅れると言っていました」

「そうなんだ。ありがとう」

 本当は教室での入屋千智(いりやちさと)の様子を聞いてみたかったが、変に勘繰られそうで聞けなかった。冴子とはまだ軽々しく会話のできる間柄ではない。冴子は皐月より年下なのに気高さを感じさせる。

 皐月は冴子に千智のことを聞くのをあきらめ、日本文学のコーナーへ行った


 皐月は江嶋華鈴(えじまかりん)の部屋で見た太宰治の『人間失格』が気になっていた。書店に行く前に図書室で探してみて、もしあれば借りようと思っていた。

 だが太宰治の小説は『少年少女日本文学館』シリーズの一冊があるだけだった。この本には表題の『走れメロス』の他に短編小説がいくつか収録されている。しかし皐月のお目当ての『人間失格』は入っていなかった。

 前に川端康成の『雪国』を探した時も図書室に置いていなかったので、今回のこともあり、皐月は学校の図書室は使えないと判断した。

 図書室には児童の数が増えてきた。低学年の少年少女が少しずつ本の返却に集まって来る。冴子が忙しそうに仕事をさばいていると、6年の図書委員の野上実果子が遅れてやってきた。

 実果子に少し遅れて入屋千智も図書室に入って来た。皐月のことを見つけると、返却カウンターに寄らずに皐月のところまでやって来た。

「先輩、待った? ごめんね」

「全然。俺もついさっき来たところだよ。千智の今日のパーカー、かっこいいね。初音ミクの色って好きだよ、俺」

「ホント? よかった」

 浅葱色(あさぎいろ)のジップアップパーカーは千智にはオーバーサイズだが、だらしなくは見えず、いい感じだった。デニムのショートパンツを合わせているが、パーカーでパンツが隠れ過ぎていないので、健康的に脚を見せている。

「今日はキャップじゃないんだね」

「うん、バケットハット」

 顔隠しでキャップを被ることが多かった千智だが、最近はより顔を隠せるバケットハットを被るようになった。マスクをすればもっと顔を隠せるが、息苦しいから嫌だと言う。

「俺といる時くらい帽子取ってよ」

「うん」

 ハットを取ると千智は暑くもないのに顔を赤くしていた。頬を染めた千智を見た瞬間、皐月の頬もまた赤く染まった。

「やっぱりメッセージや電話より、直接会って話をする方がいいね」

「うん」

 及川祐希(おいかわゆうき)の言った通りだった。祐希に言われた「ちょっと会えるだけでも嬉しいと思うよ」というのは千智のことだと思っていたが、まさか自分のことだとは思わなかった。

 本当に「会える時には会わないとダメ」なのかもしれない。これからは恋愛経験者の祐希の言うことをよく聞くようにしようと思った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ