175 邪な目論見
筒井美耶の持っていたしおりは藤城皐月が持ち帰ったしおりと中身はほとんど変わらない。でも、それぞれの年ごとに修学旅行への思いの込め方が違っているので、皐月は他の年度のしおりも見たいと思っていた。
「なんだ、参考にしたって言ったけど、丸パクじゃん」
「だからほとんど同じって言ったでしょ!」
美耶が持っているしおりには『学ぼう歴史、深めよう絆』と書かれていた。
「でも『絆』を『友情』に書き換えたのはいい思う。やるな、筒井」
「でしょ? 『絆』ってちょっと嫌だよね。藤城君はどんなスローガンにしたの?」
「俺か……。俺はね、『京都・奈良 歴史キャラのいた場所』」
「藤城君はちゃんと自分で考えたの?」
「まあ一応」
「えらいね。それ、私のスローガンよりもいいよ」
「そう? なんか変。それに歴史キャラってゲームっぽくない?」
すかさず松井晴香にダメ出しを食らう。
「もしかして藤城ってゲーマー?」
「そういうゲームはしねーよ。それよりこれがゲームっぽいって言う松井の方がゲーマーなんじゃないの?」
「今は歴史上の人物や作家や刀剣を美形化したゲームが流行ってるの。まあ男子の藤城はあまりそういうの興味ないよね」
晴香に突っ込まれたように、キャラという言葉はゲームやマンガを連想させることはわかっていた。
「ゲーム繋がりで想像力を掻き立てる言葉にしたいって思ったんだけど、ちょっと滑ったかな」
「さあ、どうかな。私は真面目な美耶のスローガンの方が好きだけど」
「晴香ちゃん、ありがとう。私、一所懸命考えたんだけど、全然いいのが思い浮かばなかったんだよ。スローガンって難しいね」
「俺だって悩んださ。どうせならオリジナルの言葉にしたかったんだけど、アイデア出しにネットで例文を調べたりしてたらすごく時間食っちゃって、結局最後は妥協して適当に決めちゃった」
「ふ〜ん、なんか修学旅行の実行委員っていろいろ大変なんだね」
「お前、絶対やらなくて良かったって思ってるだろ」
「思ってるよ。藤城なんかと一緒にやらなくてよかったってね。あんた、美耶と一緒に委員やれるんだから感謝しなさいよ」
晴香は美耶に対しては同情を示すが、皐月には全くそんな気配を見せない。晴香は博紀のことしか考えられない奴なので、皐月も晴香の同情は期待していない。
晴香くらい態度がはっきりとしていると、かえって清々しい。皐月は晴香のそういうところを気に入っている。
皐月は席に戻ることにした。昨日、江嶋華鈴の家で見た太宰治の『人間失格』のことを千由紀に聞きたかったからだ。しかし皐月が席に着くと、すかさず学級委員の月花博紀が皐月のもとにやって来た。
「おはよ」
「ああ、博紀か。おはよ」
「昨日は修学旅行の委員会があったんだよな。どうだった?」
「どうって、別に……どうってことないよ」
くだらない皐月の返事に博紀は愛想笑いをしてくれた。博紀が取り留めもない話題を振ってくる時は大抵何かを企んでいる。博紀とは幼馴染だが、最近は昔のように無邪気に付き合えなくなっている。
「ところでさ、今日の朝の会で修学旅行実行委員の方から何か連絡事項ってある?」
昨日の委員会では何も決まらなかったので、特に伝達することはないが、教育文化振興会から刊行された修学旅行のしおりを渡されていた。
「じゃあ少しだけ時間がほしいかな。昨日委員会でもらった修学旅行のしおりをみんなに配りたいから」
「わかった。じゃあ皐月がそのしおりの説明をしている間に、俺が配ってやるよ」
「ありがとう。やけにサービスがいいな」
「お前に実行委員代わってもらったからな。手伝えることは手伝うよ」
博紀に邪な目論見があるとはいえ、晴香とは全然違う親身な対応が皐月には嬉しかった。
博紀の望んでいることはだいたい想像がつく。どうせ絵梨花や真理の近くに来たがっているだけだ。博紀に絵梨花との橋渡しをしてやるつもりはないが、少しくらいは博紀の純情にこたえてやるのも悪くはないと思った。
「修学旅行の初日の京都、博紀たちってどこ行くか決めた?」
「まだ全然決まってない。どうしようかなって思って……」
「俺たちもまだ決まってないよね」
隣の席の絵梨花が受験勉強の手を止めて皐月たちを見ていた。皐月は絵梨花に視線を投げかけて話の輪に入れた。真理や千由紀も話を聞いていたが、皐月はあえて博紀の本命の絵梨花に話を振った。
「藤城さんはメジャーなところに行きたがってたね。清水寺とか」
「清水寺に行かない班なんてあるのかな? 博紀たちの班だって行くよな?」
「そうだね。清水寺と他にどこに行こうかって考えるかな、たぶん。うちの班は人気の観光地を回ることになると思う」
「そういえば二橋さんは広隆寺の弥勒菩薩像を見たいって言ってたね」
「もし嵐山方面に行くんだったらちょっと寄ってみたいかなって思っただけ。でも二日目の奈良の法隆寺で中宮寺にも行けるなら、そこで弥勒菩薩像を観賞できるから満足かも」




