174 学ぼう歴史、深めよう友情
藤城皐月は登校して教室に入ると、いつも友人の花岡聡と歓談するのが習慣になっている。バカな話で笑い合い、ご機嫌になって一日が始まる。そんな毎日が六年生の二学期のはじめの頃まで続いていた。
だが最近、二人の関係が変わってしまった。席替えで皐月の席が二橋絵梨花の隣になると、聡は徐々に皐月と距離を取るようになった。それは聡が絵梨花のことを好きだからだ。今では聡から皐月の席には近づいてこなくなった。
この日の朝、聡は修学旅行の行動班の男子たちと話をしていた。こういう時でも皐月から聡に話しかければ、これまでのようにバカ話をすることはできるだろう。だが、わざわざ聡の新しい人間関係の中に入ってまで話しにいく気にはなれない。
自分の席を見ると、同じ班の吉口千由紀は読書をしていて、栗林真理と二橋絵梨花は受験勉強をしていた。いつもと変わらない彼女たちに、いつも通りの朝の挨拶をしようと思うのだが、いまだに邪魔をするようで気が引ける。
「おはよう」
小声で言うと、みんな手を止めて皐月に挨拶を返してくれた。挨拶が終わるとそれぞれが読書や勉強に戻り、それぞれの世界に没入し始める。
皐月から話しかけない限り、彼女らから皐月に雑談をしてくることはない。この時、皐月は少し寂しい思いをする。
同級生の女子がこのやり取りを見ると、彼女ら三人のことを感じが悪いと思うだろう。この三人が今までこのクラスの中で浮いていたのは当然なのかもしれない。
皐月はいつも真理たち三人と楽しく話をしたいと思っている。だが自分から話しかけると彼女らの集中力を削ぐことになる。だから頑張る彼女らを邪魔できないと思い、いつもそっと席を離れている。
教室内を見回して行き場を探していると筒井美耶を発見した。この日は皐月よりも早く登校していたようなので、美耶のところへ寄ることにした。
美耶は松井晴香とお喋りをしていたが、この二人の間なら皐月は遠慮なく入っていける。皐月と美耶が隣同士の席だった頃は、晴香や他の女子もまじえて、みんなでよく騒いでいた。
「筒井、今朝は早いじゃん」
「あっ、藤城君おはよう」
美耶と晴香は楽しそうにしていたので、その流れで二人は皐月に笑顔で挨拶を返してくれた。
「おう」
「ん〜」
晴香とはいつも男同士のような挨拶になる。晴香はクラスで一番女子力が高いのに、皐月に対する接し方は素っ気ない。
晴香の皐月に対する態度は五年生の時に親しくしていた野上実果子を思い出させる。晴香の表裏のない性格も実果子によく似ている。皐月はそんな晴香に親しみを感じている。
「昨日、北川先生に言われた修学旅行のスローガン、考えてきた?」
「一応考えたよ。古いしおりのスローガンを参考にしたっていうか、ほとんど同じになっちゃったんだけどね」
「へぇ〜、まあいいんじゃないの。で、どんなスローガンにした?」
「ちょっと待って。憶えていないから、メモを見るね」
美耶が机の中から風変わりな形のメモ帳を取りだした。そのメモ帳の表紙にはスムージーがプリントされていて、それに合わせてカットされていた。ストローまで付いているところが妙にリアルだ。
「何、それ。超かわいいんだけど」
「雑誌の付録。カフェのドリンクみたいでしょ。このストロー、グリッターペンになってるんだよ。ほらっ」
ストローの折れ曲がったところがキャップになっていて、外すとペン先が出てくる。何も書かれていないページに試し書きをしてもらうと、インクのカラーはストローと同じライトブルーで、ジェルペンのラメがキラキラして綺麗だ。
「えっと、スローガンはね……『学ぼう歴史、深めよう友情』だって。えへへ、恥ずかしい」
「美耶、超真面目じゃん! ウケる!」
晴香が大きな声で笑いだした。晴香につられて皐月も笑いがこみあげてきたが、ここはグッとこらえた。
「笑わないでよ、いいの思いつかなかったんだから……」
「そうだそうだ。本来なら松井が考えなきゃいけなかったんだぞ」
「ごめんね〜。美耶が柄にもなく真面目なことを言い出したからさ……」
「いや、俺はそのスローガン、いいと思うよ。ケチをつけるところなんてないじゃん。『学ぼう歴史、深めよう友情』……クックックッ」
まだ笑っている晴香に引っ張られないように頑張ったが、皐月も笑いを我慢することができなかった。
「も〜っ、藤城君までひどいっ!」
「悪ぃ悪ぃ。ほんとごめん。ちょっとそのスローガンの元ネタになってるしおり見せてよ」
皐月は即座に実行委員モードに切り替えて笑いを止めた。美耶が昨日持ち帰ったしおりには、スローガンの書かれたページに付箋が貼られていた。




