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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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173 その言葉が聞けて良かった

 藤城皐月(ふじしろさつき)及川祐希(おいかわゆうき)がやたらと男女の話をしたがるので辟易していた。祐希は特に入屋千智(いりやちさと)と皐月の関係が気になるようだ。

「さっきから気になってたんだけどさ、もしかして祐希って俺と千智のことカップルって思ってない?」

「違うの?」

「えっ?」

「あれっ?」

 気まずい沈黙が流れた。皐月は思っていたのと違うニュアンスの言葉が返ってきたので反射的に聞き返してしまった。

(そうか……そういうことか……)

「本当のところはどうなの?」

「どうって……付き合ってるかってこと?」

「そう」

「千智のことはもちろん好きだよ。でも告白とかお互いにしていないし、そういう話になったことはないな……」

「そうなの?」

「そりゃそうだよ。だって俺たちまだ小学生だよ? 恋愛なんてまだ早くない? 付き合うとか、うちの学校でそんなことしてる奴なんていねーし」

 皐月は校内にカップルがいるかどうかを全く知らない。ただ単にそういう話題に無知なだけかもしれない。

「小学生だって恋愛くらいするんじゃないの? それに小学生だからって付き合っちゃいけないってことないでしょ」

「あ〜、ファッション雑誌を見るとそんなことばっか書いてあるよな。でもあれって読者のことを煽ってるだけでしょ。東京みたいな都会は知らないけど、豊川(とよかわ)みたいな田舎じゃ、そんなのないって。ないない」

「そうかな? 皐月が知らないだけなんじゃないの?」

「……まあ他人の恋愛なんて興味ないから、もしかしたら俺の知らないところで仲良くやってる奴らってのはいるかもしれないけど……。でも聞いたことないな、そんな話」

 皐月は自分が話の当事者だということを隠すために嘘をついた。自分と真理はキスまで済ませている。真理との関係は誰から見ても恋人同士だ。だが皐月は真理との関係を恋愛じゃないと思っている。


「じゃあいっそ皐月から告白しちゃえば?」

「えっ? ヤダよ」

「なんで? なんでヤダなんて言うの?」

「そんなのしなくてもいいだろ、別に。それに告白って重いじゃん。今、普通に仲良くしてるんだから、わざわざ告白することないよね?」

 皐月は告白なんか一生、誰にもしたくないと思っている。面倒だし、振られたら格好悪い。

「告白したらもっと仲良くなれるよ。皐月って千智ちゃんのこと好きじゃないの?」

「好きに決まってんじゃん」

「じゃあ彼女にしたいとか思わないの?」

「彼女とか、俺よくわかんねーよ。ガールフレンドでいいじゃん、俺たちまだ小学生だし。祐希みたいな高校生と一緒にするなよ。それに何でも彼氏とか彼女とかの話に持ってくのやめてほしいな」

 祐希に告白を強いられているとエネルギーが抜けていくような感じがする。

「でも千智ちゃんのことは好きなんだよね」

「好きだよ、もちろん」

「その言葉が聞けて良かった」

「ん?……まあ良かったならいいや。じゃあ俺、戻るね。今から千智にメッセージ送るから」


 皐月は襖を閉めるとすぐに千智にメッセージを送った。

 ――今日、修学旅行実行委員会で委員長になっちゃった。責任重大だけど、まあ頑張るよ。

 すぐにレスが返って来なかったので、今日買った『るるぶ』を読んでいた。だがメッセージの返事が気になり、なかなか誌面に集中できない。

 恋に目覚めて以来、皐月は集中力が続かなくなった。自分が馬鹿になったんじゃないかと思うようになった。

 今日借りた学校の『るるぶ』はもう読むことはないので明日返却するつもりだ。皐月はこれを口実に図書室で千智と会うことを考えた。しかし図書室でお喋りをしていれば他の利用者に迷惑がかかるし、図書委員に注意をされるだろう。

 今週の図書委員は野上実果子(のがみみかこ)だ。たとえ小声で千智と喋っていても、相手が実果子なら注意されるだけではすまない。蹴りの一つでも入れられるのを覚悟しなければならない。

 皐月はスマホで千智の写真を見た。やっぱり千智のビジュアルは他の女子と比べて圧倒的だ。

 表情や仕草のかわいらしさだけでなく、凛とした美しさも兼ね備えている。写真を見るだけでは物足りなくなり、千智に会いたい気持ちが募ってきた。


 ――明日、昼休みに図書室に本を返しに行くんだ。千智もおいでよ。たまには話がしたい。

 皐月は初めてメッセージの連投をした。以前によく美耶からメッセージを立て続けに送られて辟易としたのに、今自分が同じことをしている。これ以上の連投はしたくない。10時半を過ぎたのでもう寝ようとスマホを見るのをやめたら、千智からの返信が来た。

 ――明日のお昼休みに図書室に行くね。私も借りている本があるから返そうかな。

 ――久しぶりに話せるね。今から楽しみだよ。

 ――私も楽しみ。

 ――ねえ、どうせなら今から通話に切り替えて少し話さない?

 さっき祐希に言われたことと同じ言葉を言ってしまった。

 ――ほんと? いいよ。でも大丈夫? 祐希さんに声、聞こえちゃうよね。

 ――今日は聞かせたい気分だから、いいよ。でも迷惑にならないように小声で話す。じゃあ切り替えるね。


 襖一枚しか隔てていないので、隣の部屋にいる祐希には会話が丸聞こえになる。普段なら絶対にこんな恥ずかしいことはしないが、今日は祐希に聞かせて二人の仲がいいことを見せつけたかった。それに、安心させてしまえば余計な詮索をされないですむ。

「先輩って委員長になったんだね。おめでとう、でいいのかな?」

「あまりめでたいとは言えないな……でも委員長になると修学旅行に深く関われるから、そこんとこはちょっと楽しいかも」

「楽しいんだったら来年私もやってみようかな」

「修学旅行なんて受験で忙しい時期だけど、いいの?」

「大丈夫って言えるよう、勉強がんばるよ」

「そっか。千智は賢いから大丈夫そうだね」

「実行委員のこと、いろいろ教えてね」

「いいよ。俺、委員長だからすっげー詳しく教えてあげられると思う」

「私も6年生だったらいいのにな〜。先輩と一緒に修学旅行行きたい」

「いつか二人で修学旅行に行こうか」

「行く!」

 もう少し会話を続けてから通話を切った。チャットで会話をした方が履歴が残る。それを読み返せば何度でも幸せになれるのに、と通話に切り替えたことを後悔した。

 だが耳に残る千智の声も胸を熱くする。その恋心が冷めないうちに、そのまま眠りにつくことにした。


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