172 お説教
藤城皐月は修学旅行実行委員への取り組み方で及川祐希に叱られてしまった。自分としては正しいと思っていたのに、そのことを責められたのは心外だった。それに、子供扱いされたのも気に入らない。
「違うって。副委員長は児童会長だから、学校代表みたいなのに慣れてるし、俺みたいな奴の言葉よりも、会長の言葉の方が説得力があるでしょ?」
「俺みたいな奴なんて言わないの。皐月が委員長にふさわしい人になればいいんだから」
「そういうことじゃないよ。なんて言うかな……適材適所ってやつ? 副委員長って児童会で会長をやっているせいか、カリスマ性があるんだよね」
江嶋華鈴は児童会長を務めるようになってから凛とした雰囲気を出し始めた。先生からのバックアップもあり、今では振る舞いに威厳さえ感じるようになった。
「じゃあ、皐月は何をするの?」
同じようなことを華鈴にも言われた。華鈴は「委員長として修学旅行実行委員会をどうしたいの?」と聞いてきたが、それは副委員長として華鈴が皐月と一緒にやれるかどうかを確かめるためだった。
「俺はもっとみんなを引っ張ったり、影から支える仕事に力を入れたいって思ってる。その方が自分の持ち味を生かせると思うから。委員の仕事を全体的に見て、効率よく、クオリティーを高くするって感じでね。でも、人前に立つのから逃げてるってわけじゃないよ。そんなの俺だってやればできるし。簡単じゃん」
「皐月が自分に自信があるのはいいんだけどさ、委員長なら人が嫌がることを率先してやらなきゃいけないと思うんだよね」
はったりをきかせた皐月の言葉に祐希は少し苛立っているようだ。だがそれは皐月も同じだ。いくら祐希でも、やる前からごちゃごちゃ言われると腹が立つ。
「副委員長は人前で話すのが好きそうだからやってもらおうと思っただけで、自分の嫌なことを押しつけようとしたわけじゃねえよ。そんなことするわけねーじゃん」
皐月の語気が荒くなった。たぶん顔にも感情が出ていたのだろう。祐希も表情が険しくなっていた。
「皐月って今日、家に女の子を連れて来たんだってね。その子が副委員長なの?」
「そうだよ。頼子さんから聞いたんだ」
「うん。とてもしっかりしているお嬢さんだって言ってた」
「へ〜、ちょっとしか会っていないのにわかっちゃうんだ。人を見る目があるんだね、頼子さんは」
自分のいないところで華鈴が褒められたことが嬉しかった。自分が褒められたわけではないのに、皐月は身内が褒められたような感じがした。
「皐月はその子と仲がいいの?」
「まあね。五年の時同じクラスだったし、席が近くになることが多かったから、普通のクラスメートの女子よりは仲がいいかな」
「ふ〜ん」
皐月は祐希の苛ついている原因が何となくわかった。華鈴が家に来たのが気に入らなかったのだろう。
だが、なぜ祐希が華鈴のことを気にするのかはわからない。祐希には恋人がいるし、女子高生が小学生の皐月に嫉妬することは考えられない。
「そいつ江嶋って言うんだけど、会長やってるだけあって優秀なんだ。それで、江嶋は俺のサポートをしてくれるって言ってる。だから俺は細かいことを気にしないで実行委員の活動に専念できるから、何も不安がない」
「そう……」
「自分が嫌なことを江嶋に押し付けるつもりはないよ。祐希に『大丈夫?』って言われたから、じゃあ江嶋にやってもらおうかなって思っただけだ。でも、やっぱり自分が人前に出なきゃだめだよな。俺、委員長だし」
「そうだね」
祐希の反応が薄いので皐月はこれ以上会話を続ける気が失せてきた。祐希と一緒に暮らしてきて、ここまで仲がこじれたのは初めてだ。
皐月も祐希もお互いにまだ気を使っているため、直接感情をぶつけ合うことはない。
栗林真理や筒井美耶のような同級生の女子なら、時間が経てば自然と仲直りができる。だが祐希のような年上の女性とはどうしたら関係修復ができるのかわからない。
「じゃあ俺、部屋に戻るね」
下ろしていた足をベッドの上に戻した。身体の向きを変え、二人の部屋を隔てる襖を閉めようとしたら祐希に声をかけられた。
「ねえ、皐月。最近、千智ちゃんと会ってる?」
祐希のおかしかった理由が今わかった。祐希は皐月が入屋千智以外の女の子と一緒にいたのが気に入らなかったのだ。
「そういえば最近は会っていないな……。千智、塾に通い始めたし。でも毎日メッセージの交換はしてるけど」
「もっと頻繁に会ってあげてよ」
「そうか……。そうだな、また会う約束しようかな。毎日塾に行ってるわけじゃないし」
「そうだよ。会える時は会わないとダメだよ」
やっと祐希の顔に笑みが戻った。祐希は千智と友達になったので、千智から何かの相談を受けているのかもしれない。
そしてその相談の内容は自分のことだろうと予想した。自惚れているかなと思うが、その相談がどういったことなのか、おおよその察しがついた。
「俺、忙しくなっちゃったからな……千智だって塾の宿題で忙しいし。放課後は実行委員会でちょっと予定がわからないから、学校の休み時間に会おうかな」
「ちょっと会えるだけでも嬉しいと思うよ」
祐希の話す内容で千智が祐希に何を相談したのかバレバレだ。思ったよりもバカだな、と皐月は初めて祐希のことを対等に感じた。
「短い時間でいいなら、昼休みに会えるかも。委員会が終わった後なら、俺の方から千智の家の近くまで会いに行ってもいいや」
皐月も千智に恋愛感情を抱いているので、会えるものなら千智に会いたい。だが皐月は自分の気の多さを自覚し始めたので、年下の千智と会うことに後ろめたさを感じ始めている。自分の好きになりやすい性格が千智を傷つけてしまうかもしれない。
「ところで祐希は彼氏と毎日会ってるの?」
「クラスは違うけど、同じ学年だからね。毎日会ってるし、会おうと思えばいつでも会えるよ」
「毎日帰りが遅いのって、彼氏と会ってるからなんだ」
「そうだよ。えへへ」
「へ〜、よかったじゃん」
皐月は祐希がデレデレしていることが不愉快だった。皐月は祐希のことも好きだが、それが恋愛感情ではないと思っている。
だが真理とキスして以来、祐希に対して性的な魅力を感じ始め、時にそれが苦しく感じる時もある。今のモヤモヤとした気持ちが嫉妬なのか何なのか、皐月にはよくわからない。




