表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
67/142

171 初めて見た女子高生のプライベートの姿

 風呂から出た藤城皐月(ふじしろさつき)は自室に戻り、ベッドで寝そべりながら修学旅行のしおりに目を通していた。皐月が見ているのは実行委員会で配布された過去のしおりだ。

 しおりには今までの実行委員たちの修学旅行への思いが込められていて、読んでいるだけで京都や奈良への期待が膨らんでくる。自分たちもこういうしおりを作れるのかと思えば、まあ作れるだろうと思う。皐月は読み物としてもっと面白いしおりを作り、一生手元に残しておきたいものにしようと考えていた。

 しおりに目を通し終わると、さっき買ってきた『るるぶ』を開いてみた。学校の図書室で借りた古い版に比べ、最新版の『るるぶ』は誌面が洗練されていて華やかだ。

 だが、修学旅行は行動や小遣いの制約が多いので、『るるぶ』に載っているような華やかな食事や高価な買い物はできない。この本で提案されている旅のプランは今の皐月にとっては刺激が強すぎる。早く大人になって、無制限にお金を使える観光旅行ができるようになりたいと、期待のベクトルが目の前の現実から遠ざかっていく。


 及川祐希(おいかわゆうき)が階段を上ってくる音が聞こえた。傾斜のきつい小百合寮の階段はギシギシという足音だけでなく、ペタペタと手をつく音もする。祐希がこの家で暮らすようになってからは、階段を上る音がときめきに変わった。

 風呂上がりの祐希が洗面台でドライヤーをかけ始めた。皐月は髪を乾かす時の音を聞くと、いつも不埒な衝動に駆りたてられる。

 部屋の扉をそっと開けて祐希の姿を覗き見ようか、あるいは下の階に下りることを口実に話しかけようか。結局何の行動も起こさずに、一人ベッドの上で悶々とすることを繰り返している。

 祐希が小百合寮に越してきて間もない頃、皐月は一度だけ髪を乾かしている祐希の姿を見たことがある。

 その日、皐月は一階にいた。二階の自分の部屋に戻る時、普段通りに階段を上ると、Tシャツとジャージ姿の祐希が濡れた髪にドライヤーをかけていた。

 階段を上り切る手前から見上げた時の祐希は、洗面台の照明を背にしていて少し眩しかった。体の輪郭が淡く輝いていて、暗がりに浮かび上がって見える姿が美しかった。

 皐月は女子高生のプライベートの姿を初めて見た。それは見慣れた芸妓の艶やかさとは異質の色気で、強く望みさえすれば小学生の自分でも手の届きそうな少女らしさだった。

 祐希が皐月に気付き、無防備に振り向いた時の姿が今でも忘れられない。その時の祐希は着飾った芸妓をはるかにしのぐ、刺激的な色気があった。


 祐希が自分の部屋に戻ってきたことを襖越しに感じると、皐月はヘッドホンを装着し、スマホから音楽を流した。これは妄想を断ち切るために自分の世界に浸るためだ。だが、ベッドの上にいると落ち着かないので、勉強机に移動することにした。

 ノートPCを立ち上げていると隣の部屋の祐希から声がかかったようだ。しかし、ヘッドホンの音量が大きくて、祐希の声に気がつかなかった。ベッドの横の襖が開き、大きな声で呼びかけられて皐月は初めて祐希に気がついた。

「ねえねえ。今、大丈夫?」

 祐希がこの家に来た当初は皐月の方から話しかけていたが、最近は祐希の方から話しかけてくることが多い。皐月は祐希の方に向き直った。

「少し話さない?」

「いいよ」

 祐希に誘われて席を立ったが、皐月は祐希の部屋には入らずに、ベッドをソファーのようにして、祐希の部屋に向かって腰掛けた。祐希はこの襖の前に物を置かないようにしているので、祐希の部屋に行かなくても話ができる。


「皐月って修学旅行の委員をしてるんだよね。どう? 楽しい?」

「そうだね……俺、委員長になっちゃってさ、なんか責任重大でちょっとプレッシャーかな」

 皐月はまた彼氏の話でも聞かされるのかと思っていたが、自分のことを聞かれて少しホッとした。恋人の話をされてもあまり楽しくない。

「委員長なんて修学旅行の学校代表じゃない。ちょっとすごくない? 私の高校の修学旅行の委員長って同じクラスの男の子だったんだけど、陽キャって感じの子だったよ。毎日遅くまで委員の子たちに囲まれて、その彼が中心になって活動してた。いつも忙しそうだったけど、すごく楽しそうだったな……」

「へえ〜、楽しそうか……。俺も楽しくやれたらいいな。それで高校生の実行委員長ってどんなことしてたの?」

「私は委員じゃなかったかよくわかんないけど、とにかく修学旅行を盛り上げようとはしていたかな。あとはね……一般の生徒から見て目立つところだと、委員長は挨拶や司会みたいなことをする機会が多かったかな。修学旅行に行く前に集会があって、みんなの前で修学旅行の意気込みみたいなことを話したり。あと出発式ってのがあってね、そこでも挨拶してた。皐月って大勢の人の前で話すのって大丈夫?」

「大丈夫……かな? そういう経験がないから何ともいえないんだけど、まあなんとかなるでしょ。……そうだ! 人前で話すのは副委員長に全部やってもらえばいいや」

「こらっ! 委員長のくせにそんなこと言っちゃだめでしょ。そういうのは委員長の大事な仕事なんだから」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ