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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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169 大人が考えるほど子供じゃない

 2学期最初の席替えは5年3組に波乱を起こした。担任の北川先生はくじ引きによる席替えをやめ、独断で席を決めて児童に従わせるように変えた。

 藤城皐月(ふじしろさつき)はなぜか、それ以降の全ての席替えで廊下側の最前列にされ、野上実果子(のがみみかこ)の席の隣になった。すぐ後ろの席には江嶋華鈴(えじまかりん)がきて、華鈴の隣と後ろ二人は外国人が座るようになった。この6人の班は5年生が終わるまで固定された。

 クラスの女子からは「あの班は隔離された」と陰口を叩かれた。皐月は北川がクラスの異端分子を一カ所にまとめ、そのまとめ役を華鈴に押し付けたと思っていた。だが、華鈴も隔離されていたことが後にわかった。


 その頃、華鈴もクラス内で孤立し始めていたようだ。

 華鈴の場合、実果子のように力を示さなかったので、影口や無視からいじめに発展しそうになった。しかし、華鈴の代わりに実果子が力で対抗したので、大事にはならなかったらしい。その流れで二人は仲良くなったが、クラスの女子の間では無視されるようになった。

 皐月は席の近くなった実果子や華鈴に能天気に話しかけていた。それまで皐月は実果子のことを気難しく怖い奴だと思っていたが、話をしてみると口は悪いけれど、明るくて優しい子だということがわかった。

 華鈴は日本語が不自由な外国人三人の面倒をよくみていた。北川の取った措置は厄介者の排除だったのかもしれないが、この6人の班は5年生が終わるまで穏やかに過ごすことができた。


「皐月ちゃんはその江嶋さんって子のこと好きなの?」

 頼子がいきなり踏み込んだことを聞いてきた。頼子の顔を見ると軽い気持ちで聞いてきただけのように見える。だが、この後で母の小百合や娘の祐希まで話が伝わることを考えると滅多なことは言えない。

「えっ? そりゃまあ、好きだけど……。いい子のことを嫌いになる理由なんてないじゃん」

「そうか……そうだよね。いい子はいい子のことが好きだよね」

 頼子はニコニコしながら頬杖をついて皐月の顔を見ている。齢の割に子供っぽく、皐月は気持ちが楽になった。

「江嶋ってね、今日は自分で晩ご飯を作るんだって。親子丼」

「へえ〜、まだ小学生なのに料理ができるのね。偉いわ。でもお母さんはご飯を作ってくれないのかしら?」

「うちと同じで、御両親が夜働いているんだって。6年生になると、江嶋がお母さんに『一人で何でもできるから』って言ったんだ。それで江嶋のお母さんはお父さんの仕事を手伝うようになったって言ってた。中華料理の店をやってるらしいよ」

「そうなの……小学生が夜一人だなんてよくないわ。でも家庭の事情でどうにもならないこともあるから、辛いところね」

 夜の仕事がある以上、かつての皐月や現在の江嶋華鈴、栗林真理(くりばやしまり)のような家はたくさんある。皐月は同じ境遇の子にエンパシーを感じている。

「うちは頼子さんのお陰で俺が一人にならずに済んでいる。ありがとう」

「私の方こそ小百合に呼んでもらって、毎日楽しく過ごせるようになったわ」

 皐月は頼子の言う「辛い」が気になった。華鈴は本当に辛いのか?

 皐月は祖母が死んだ後、頼子が来るまでは夜を独りで過ごすことが多かった。だが、決して辛くはなかった。

 今の真理もそうだ。辛いというよりは、むしろ伸び伸びとしている。小学6年生は大人が考えるほど子供ではない。

「一度彼女のご両親の中華屋さんに食べに行ってみたいわね」

「俺もそう思ったけど、車じゃないと行けない所に店があるんだって。タクシー使って行くわけにもいかないし……。頼子さんって、車に乗ってたんだよね? 売っちゃったの?」

「そう、売っちゃったの。ここに住むなら車はなくてもいいかなって思ってね。車は維持費がものすごくかかるのよ」


 この日の晩ご飯は麻婆豆腐だった。目の前に頼子の作った中華料理があるのに、華鈴の両親のお店の中華料理を食べたいとは言えない。

「皐月ちゃん、料理のできる女の子はいいわよ〜。男の人は女の人に胃袋を掴まれたら離れられないって言うから」

「そうだろうね。頼子さんのご飯を毎日食べさせてもらっているから、俺も頼子さんから離れられなくなっちゃった」

「まあっ! じゃあ私、皐月ちゃんのお嫁さんにしてもらおうかな」

「ははは。あと6年待ってね。でも、頼子さんは御主人と別れちゃったよね? どうして?」

「恥ずかしい話なんだけどね……他に好きな人ができて、私のもとから離れてっちゃった」

 サバサバ話す頼子が皐月には不思議だった。母に離婚の原因を聞いた時も他に女ができたと言われたが、その時はこれ以上何も聞くなと言わんばかりの態度を取られた。

 皐月は両親が上手くいっていなかった期間、母の芸妓の師匠の和泉(いずみ)の家に預けられていた。だから離婚前にこの家で母と父の間にどんな修羅場があったのかを知らない。

「その元旦那は頼子さんに胃袋を掴まれていなかったの? 頼子さんのご飯おいしいのに」

「その頃の私は旅館で働いていたから時間が不規則でね、あまり奥さんらしいことができなかったの。それに私の料理、そんなに絶賛されるほど美味しくないのよ。だから仕方ないわね」

 余計なことを聞いてしまったと後悔した。本当はただ頼子の食事に感謝していることだけを伝えたかったのに、離婚の原因を追及するようなことになってしまった。

「皐月ちゃんは女の子とこと、泣かせちゃダメよ」

「うん……」

 皐月にはまだ、女を泣かせるということの意味がピンときていなかった。


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