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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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168 一年前の女友だち

 藤城皐月(ふじしろさつき)江嶋華鈴(えじまかりん)の家から帰り着いたのは、夕食の準備が終わる頃だった。母の小百合(さゆり)は今日もお座敷に出ているので、住み込みの及川頼子(おいかわよりこ)が夕食の用意をしている。頼子の娘の祐希(ゆうき)はまだ高校から帰っていない。

 皐月は玄関に置きっぱなしにしていたランドセルを二階の部屋へ上げ、台所に下りて頼子の手伝いをしようと思った。頼子が家に来るまでは母の家事の手伝いをしたことがなかった。

 華鈴が自分の夕食を作るという話を聞くと、皐月は他人の頼子に食事の世話をしてもらっていることに負い目を感じ、家事の手伝いをせずにはいられなくなった。だが頼子が完璧に家事をこなしているので、皐月が手伝えることはいつだって何もない。


「さっき家に来た女の子、良さそうな子だったわね」

 祐希が帰宅するまでまだ時間があるので、頼子が皐月に話しかけてきた。

「江嶋はいい子だよ。あいつは優等生だ」

 頼子と話す時は自分の話すことが全て母に筒抜けになることを覚悟しなければならない。頼子がスパイというわけではないが、小百合と頼子の仲が良過ぎるのだ。小百合は頼子に皐月の恥ずかしいことを全部話している。

「そういえば江嶋さんは児童会長をしてるって言ってたわね。生徒からも先生からも信頼されてるんでしょうね。私が小学生の時の児童会長は男の子だったけど、頭がよくてスポーツもできて人気者の子だったわ」

「江嶋はそんなスペックの高い奴じゃないけどね。でも優しくて強い子だよ。いじめとか絶対に許さないタイプ。もっともあいつの場合よく気がつくから、いじめになる前に芽を摘んじゃうけどね」

 華鈴のことを話している時、皐月は5年生の時の同級生の野上実果子(のがみみかこ)のことを意識していた。

 皐月は昼休みに図書室で華鈴と実果子が仲良く話していたのを見て懐かしい気持ちになった。その後、放課後に修学旅行実行委員会でまた華鈴と会い、一緒に家に帰って華鈴の家にまで行った。自分の心の中で華鈴の存在がはっきりと形になった。


 皐月が5年生の時、華鈴と実果子と同じクラスだった。1学期の間は皐月と二人の席は近くにならなかったので、彼女らと話す機会がほとんどなかった。

 華鈴は優等生で、当時の担任の先生の北川から全幅の信頼を置かれていた。対照的なのは実果子で、宿題などの提出物をよく忘れ、テストの成績も悪く、髪を脱色していたので北川からは目をつけられていた。

 実果子は一時期、荒れていたことがあって、一部の女子のグループとよく諍いを起こしていた。交流のない皐月には実果子の荒れる理由がわからなかった。その頃の実果子の印象は怒ると怖い女で、ちょっと近寄り難いといった感じだった。

 ある時、実果子たちの喧嘩が口論から暴力沙汰に発展したことがあった。先に手を出したのは実果子で、やられた方は反撃せずに教室を逃げ出して、職員室から先生を連れてきた。

 北川は一方的に実果子を叱るようなことはしなかった。実果子が何も言い訳をしないで黙っていたので、北川は女子グループの話しか聞くことができなかった。

 北川は実果子に対して手を出したことだけはきつく叱ったが、このトラブルが親には伝わらないようにその場で治めたので、大事にはならなかった。


 この事件以降、実果子はクラスで孤立した。女子からは無視され、男子からも全く相手にされなくなった。

 実果子は教室内では常に一人でいるようになった。給食の時も、同じ班のメンバーはその場に実果子がいないかのように振舞った。クラスから存在が消されたかのような実果子だが、華鈴だけはよく実果子に声をかけていた。

 実果子の持ち物がよくなくなるようになった。華鈴は実果子が席を離れた時などに、実果子の私物に目を光らせるようになった。

 そのせいで時間が取られ、華鈴は自分の友人関係を犠牲にすることになった。だが華鈴の気配りが功を奏して、実果子へのいじめを未然に防ぐことができた。


 その間、皐月は実果子のことを注意深く観察していた。

 実果子が女子同士で喧嘩をした事件以降、実果子が一方的に悪者にされたことが気に入らなかった。特に女子の実果子への対応を見ていると、皐月は実果子に肩入れしたくなっていた。

 皐月は華鈴が実果子のことを気にかけていることに気がついていた。皐月も華鈴にならって実果子に声をかけてみたが、実果子は皐月のことをまともに相手にしようとしなかった。

 皐月が懲りずに何度も実果子に話しかけていると、実果子と対立していた女子から非難され、皐月はクラス中の女子から総スカンを食らうようになっていた。それはそれまで女子とうまくやっていた皐月にとって、悲しい展開だった。


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