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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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167 ここで大胆な真似はできない

 藤城皐月(ふじしろさつき)から今日の修学旅行実行委員会の話題を切り出した。真面目モードに気持ちを切り替えようと、理性を奮い立たせた。そうでもしなければ江嶋華鈴(えじまかりん)に触れたくなってしまう。そしてもっとエスカレートして、華鈴とキスをしたくなってしまうかもしれない……。

 皐月の誘導で、二人は抹茶オレを飲みながら今後のことを少し話し合った。委員会はまだ始まったばかりだから大して話すことはなかったが、委員会で手渡された過去のしおりに目を通し、自分たちのしおり作りでやるべきことを話し合った。

 今後も修学旅行が終わるまではこうして委員長と副委員長で連携し、委員としての意識を共有することを確認した。話はほとんど華鈴の主導でまとまった。児童会長をしているからなのか、段取りを組むのが得意そうだ。


「じゃあ俺、帰るわ。これから親子丼作るんだろ? 遅くまで悪かったな」

「そんな、いいよ。私の方が引き止めちゃったみたいで悪いなって……藤城君、これから家に帰らなきゃいけないし」

「大して遠くないし、どうってことないよ。でも、今日みたいに学校の外で延長戦をしない方がいいかな。委員会活動は学校にいる時間内だけでなんとかしたい」

「どうしても間に合わないっていう時は、今日みたいに遅くなってもいいよ。でも、私の親がいる時はちょっと私の家ではまずいかな……」

「その時は俺ん()でやろう。帰りが遅くなったら、今日みたいに家まで送るから」

「うん、わかった」

 華鈴の部屋の時計を見ると5時半を過ぎていた。これ以上遅くなると華鈴に迷惑をかけてしまう。夕食を作るのに最低でも1時間はかかることを、皐月は経験上わかっている。

 玄関で靴を履き、引き戸を開けようとしたら華鈴に腕を掴まれた。

「今日のこと、誰にも話さないでね」

「それって俺が江嶋の家に来たこと?」

「うん」

「わかった。秘密にしておくよ」

「よかった……」

 この時の華鈴は児童会長の時のように凛としていなかった。どこか不安げで、皐月の目には弱弱しく見えた。


「今日はありがとう。まさか家に上げてもらえるとは思わなかったよ。嬉しかった」

「また来てね」

「うん。また来る」

 皐月は軽く左手を挙げ、掌を華鈴に向けた。

「何?」

「ハイタッチ。しよ?」

 明るい声で言った皐月だが、内心はドキドキだった。手に触れたいという下心を見透かされ、気持ち悪いと思われるのが怖かった。

 本当は華鈴を抱き寄せてしまいたかった。だが、今はまだそこまでできる関係ではない。現時点でのギリギリ妥協したハイタッチだ。

 華鈴が軽く微笑んで右手を挙げたので、皐月は華鈴に手を合わせにいった。タッチをした後、華鈴の気持ちを試してみたくて手を離さないでいると、華鈴も手を重ねたまま離そうとしなかった。

 手のひらは温かく、合わせた手から汗が出てきた。皐月はずっとこのままでいたいと思った。できることなら華鈴を抱き寄せて、キスしてしまいたい。

 視線を手から華鈴の顔に移すと、華鈴も皐月の顔を見ていた。目と目が合った。頬を染めている華鈴を見て、皐月も一瞬で顔が熱くなった。だが、ここで大胆な真似はできなかった。

「じゃあ」

「うん。気を付けて帰ってね」


 皐月は華鈴の家を後にした。外はもう日が暮れようとしていた。

 高ぶる気持ちを振り切るため、皐月は神社と寺の間の細道を走り出した。無心にならなければならない。全力疾走になるまで足を速めたが、こんな走り方は長くは続かない。豊川進雄神社の鳥居前の銀杏(いちょう)の木の下まで走り続けると、銀杏の木に着く頃には息が上がって動けなくなっていた。

 肩で息をしながら幹に手を当て、体重をかけて呼吸を整えた。少し落ち着いてくると、木から伝わる温かさが華鈴の掌の温もりと似ていることに気が付いた。今別れたばかりなのに、皐月はもう華鈴に逢いたくなっていた。


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