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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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166 まとわりつく罪悪感を振り払え

「お待たせ」

 江嶋華鈴(えじまかりん)が茶菓子を持って部屋に入ってきた。トレーの上には抹茶ラテと小さな餡ドーナツが載っていた。どちらも藤城皐月(ふじしろさつき)の好物だ。

「藤城君、やっぱりロフトの下にいた。絶対ここに入ってると思った」

 テリトリーを侵したのを咎められるかと思ったが、華鈴は何も気にしていない様子だ。ラグの上にはテーブルがないので、チェストの上の空いた場所に抹茶ミルクと小さな餡ドーナツを置いた。

「勉強机のゲーミングチェア、座ってもいい?」

「いいよ」

 白いゲーミングチェアに腰をおろして机に向かうと、ベッドやシェルフで囲まれた狭い空間が不思議と落ち着く。集中力が高まるような感じがして、これなら勉強もはかどりそうな気がした。

「ゲーミングチェアって最高だな。スッゲーくつろげる」

「気持ち良過ぎて寝ちゃうこともあるよ」

 ゲーミングチェアは皐月の憧れだった。家の椅子は学習机に付属していたものをそのまま使い続けている。身体が合わなくなってきて、今では学校の教室の椅子の方がマシなレベルになってしまった。


「この部屋いいね。気に入っちゃった」

「じゃあ住む?」

「いいね。でも二人じゃ狭いか」

「そだね」

 華鈴がこういう冗談を言うのを皐月は初めて聞いた。5年生の時はもう少し堅いイメージがあったけれど、6年生になって変わったのか。

 堅物だと思っていた華鈴の言葉が意外にもきわどくて、皐月の返事が平凡になってしまった。もっとチャラい言葉を返して笑いを取りたかった。

 皐月はゲーミングチェアから下りてラグに座り、華鈴にドリンクを取ってもらって一口飲んだ。グラスにはうっすら結露し始めていた。

「この飲み物って抹茶ラテだよね?」

「うん。甘いのは好きじゃないから、抹茶とミルクだけで作ったの」

 皐月が家で作る抹茶ラテは濃縮した原液を希釈するものや粉末のものだが、これらは例外なく甘い。甘さを抑えようと思うと抹茶成分が薄くなってしまう。

「いいね! やけに美味しいと思ったら、本物の抹茶で作ったのか。江嶋って俺の好み知ってるの?」

「そんなの知るわけないでしょ。私の好みで作っただけだから」

「そうなんだ。俺もこの味、どストライクだよ。じゃあ俺たちって味の好みが似てるのかな。俺、餡ドーナツも好きだし」

「餡ドーナツはたまたま家にあったから出しただけ。お父さんが好きなの」

「なんだ、そうなのか……」

「そんなにがっかりすることないでしょ。私のお父さんと味の好みが似ていてよかったね」

 皐月の顔を見ながら華鈴が笑いだした。今日の華鈴はよく笑う。お父さんと味の好みが似ていると言われても全然嬉しくなかったが、華鈴につられて皐月も笑った。

「さっき羊羹(ようかん)をもらったから、藤城君って餡子(あんこ)が好きなのかなって思ったの。ちなみに餡ドーナツは私も好き。餡子好きなら抹茶も好きかなって」

 強烈な背徳感が皐月を襲った。この感覚ががどういう意味なのか、さすがに皐月でもわかるようになった。これは恋愛感情だ。


 夏の終わりからまだ一月(ひとつき)しか経っていないのに、好きな子がどんどん増えていく。仲良くなる女の子のことを片っ端から好きになってしまう。

 皐月は自分の頭がおかしくなったような気がして怖くなるが、自分の気持ちを抑えることができなくなっている。

「ねえ、どうしたの?」

「ん? どうもしないよ。へへへ」

 皐月は今この世界には自分と華鈴の二人しかいないと思い直した。華鈴を目の前にして恋心を抱いたとしても自分は何も悪くない。皐月は豊川稲荷で美耶に言った言葉を思い出した。今の皐月の目には華鈴しか映っていない。

 まとわりつく罪悪感を振り払え! 今は目の前にいる華鈴のことをもっと好きになりたい。


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