165 女子の部屋
藤城皐月と江嶋華鈴は小さくて古い家の前で立ち止まった。
「着いたよ」
華鈴の家は木造平屋の一軒家で、屋根は瓦葺だがセメント瓦で、外壁はトタンの安普請だ。トタンの剥がれはそれ程見られないが、打たれた釘のところに錆が出ている。車が出払っている駐車スペースのまわりには家庭菜園のプランターが並んでいた。
「あ〜あ、家バレしちゃった。恥ずかしいな」
「レトロで味わい深いじゃん」
「いい感じにポジ変しなくてもいいよ。誰が見てもボロい家だから」
木製の引戸に後付けされた戸先鎌錠は皐月の家のものよりも頑強そうだ。華鈴はランドセルから鍵を取り出し、戸を開けた。
「入って」
皐月は玄関先で別れようと思っていたので、華鈴の言葉に耳を疑った。
「いいの?」
「いいよ」
真顔になった華鈴は少し緊張しているようだった。何かをふっ切ったように一呼吸置き、硬い笑顔で皐月を招き入れた。
玄関は清掃が行き届いていた。シューズボックスに置かれたスティックフレグランスからは爽やかな石鹸の香りがしている。
内装は家の外観ほど古臭くなく、シンプルにリフォームされていて現代的だ。皐月は古いままリフォームのされていない自分の家と比べると、華鈴の家を羨ましく思った。
華鈴の部屋に通された皐月は驚いた。中にはロフトベッドが置かれていて、ロフト下に勉強机があった。
広い部屋ではなかったが空間が上手に使われている。インテリアも女の子らしく、ホワイトグッズと木を組み合わせてあり、ナチュラルな優しい空間になっていた。
「何だ、これ! 秘密基地みたいで超かっこいいんだけど。机の上にベッドがあるんだ。……いいな、俺もこんな部屋にしたいな」
皐月の部屋は祐希が家にやってきたので、二部屋を一部屋に圧縮した。そのため皐月の部屋は物で溢れて狭苦しくなった。華鈴のようなロフトベッドがあれば、自分の部屋もすっきりとするだろう。
「小さかった頃は良かったんだけどね。でも大きくなった今はロフトの下がちょっと狭く感じるかな」
「車に比べたらずっと広いじゃん。コックピットって感じでかっこいい」
「へ〜、男の子ってそんな風に受け取るんだね」
ベッド下に設置されたデスクは勉強机にしては小さいが、シェルフがベッドを支える設計になっているので、収納には困らない。ベッドサイドも棚になっていて、普段使いの小物がたくさん置いてある。
ロフトベッドの向かいの壁にはワイヤーネットが掛けられていて、フックでかわいい小物を吊るしている。また、焼き網と木材を使って作られたラックもあり、そこに自然を感じさせる小物や雑貨がディスプレイされている。
その下には奥行きの浅いアンティーク調の白いチェストがあるが、上には何も置かれていない。狭い空間を生かしながらも女の子らしさを感じさせる素敵な部屋だ。
「インテリアもお洒落だね。ベージュとホワイトの組み合わせって最強かも」
「ほとんど100均で揃えたんだよ。小学生にはこれが限界」
「へえ〜、全然そんな風に見えないや。江嶋ってセンスいいんだな」
「何か飲み物を持ってくるね。床に座ってもらうことになっちゃうけど、ごめんね」
ベージュのカーペットの上に白くてふわふわなラグが敷かれているので床に座らされているという感じがしない。皐月は横になってゴロゴロしたくなったが、さすがに華鈴の部屋ではそんなことはできない。。
部屋の中を珍しそうに眺めていると、本棚の中に文庫本を見つけた。勝手に触ってはいけないと思い、近くまで行ってどんな本か確かめると、それは太宰治の『人間失格』だった。
この驚くべき表題の本を皐月はまだ読んだことがない。華鈴が何を思ってこの本を入手したのか理由を聞いてみたいが、人間失格というワードが重過ぎて聞きづらい。




