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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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164 俺みたいな男子って、いる?

 藤城皐月(ふじしろさつき)江嶋華鈴(えじまかりん)の二人は豊川進雄(とよかわすさのお)神社の鳥居の前まで歩いて来た。皐月たち栄町(さかえまち)の子どもは豊川稲荷だけでなく、この進雄神社でもよく遊ぶ。

 豊川進雄神社は大宝(たいほう)元年(701年)に創建された古社で、祭神は進雄命(すさのをのみこと)。だが明治以前は豊川牛頭天王(とよかわこずてんのう)と呼ばれていて、京都の八坂(やさか)神社と同じ牛頭天王(こずてんのう)が祀られていた。

 本地垂迹説(ほんちすいじゃくせつ)では素盞鳴尊(すさのおのみこと)と牛頭天王は同一神のような扱いになっていると同級生の筒井美耶(つついみや)から教わった。皐月はまだ本地垂迹説のことをよくわかっていない。


 豊川進雄神社は夏の例祭2日目に奉納される手筒(てづつ)花火や綱火(つなび)が有名で、「進雄神社の奉納綱火」は愛知県指定無形文化財に指定されている。

 綱火は鳥居から本殿に向けてミサイルを次々と撃ち込むような花火で、こんな激しい奉納花火はなかなかない。手筒花火は火山の噴火する様を表現しているような花火で、華やかさはないが迫力がある。

 豊川進雄神社の奉納花火は境内の作りの都合で至近距離で見られる。それでも昔はもっと近くで見られたそうで、手筒花火の雨が頭の上に振りかかってきそうだったという。手筒花火の最後のハネは耳をつんざく爆発音で、観客は恐怖心に負けない覚悟が必要だ。

 だが、皐月は1日目の各地区ごとに披露される仕掛け花火(機巧(からくり)花火)の方が好きだったりする。他の地区への対抗心に燃えるし、独創的な機巧が面白いので、地元の子どもたちは仕掛け花火の方が好きという子が多い。皐月たちも市販の花火を組み合わせて凝った機巧を作り、仕掛け花火で遊んだりしている。


 豊川進雄神社の鳥居の前の交差点は信号がなく複雑な形をしている。交差点の脇に銀杏(いちょう)の木を回る小さなロータリーがあり、交差点と融合して複雑な形になっている。

 華鈴が銀杏の木の下で歩みを止めた。何かを考えているのか、なかなか動こうとしない。

「ところでさ、この先まだ江嶋の後をついて行ってもいいのか? 仲町(なかまち)ならもう家の近くまで来てるよな。江嶋ってさっき家を知られたくないって言ってたじゃん? そろそろ俺、引き返した方がいいのかな……」

「もういいよ、家まで来ても」

「いいの?」

「うん。さっき藤城君の家、見せてもらったから」

「そうか……じゃあ玄関の前まで送ったら帰るよ」

「ふ〜ん」


 豊川進雄神社と道を挟んだ隣に徳城寺(とくじょうじ)がある。皐月はまだこのお寺には行ったことがない。子どもの頃は門の両脇に立っている仁王門の石像が怖くて近づけなかったが、大きくなるとここは遊び場ではないという分別がつくようになった。

 華鈴は黙って徳城寺の方へ歩き始めた。不意を突かれた皐月は慌てて後をついて行った。生返事をされた後、何も喋ろうとしない華鈴に心がざわつく。華鈴はどうして心変わりをしたのか。

「江嶋ってこのお寺の中に入ったことある?」

「ないよ。藤城君は?」

「俺もない。お寺って神社と違って入りづらいじゃん。豊川稲荷くらい大きいところだったら別だけど。修学旅行ってさ、京都の有名なお寺に行けるから、今から楽しみだ。江嶋はどこに行きたい?」

「そうね……やっぱり清水寺(きよみずでら)は外せないかな」

「だよな! 京都と言ったらやっぱ清水寺だよな」

 華鈴ともう少し修学旅行のことを話したいと思っていたが、もうすぐ華鈴の家に着いてしまう。修学旅行実行委員の話もしたかったし、旅行初日の班行動の話もしたかった。それなのに帰り道ではお互いの身の上話ばかりしていた。


「ところでさっきからずっと気になってたんだけど、藤城君ってお母さんのことママって呼んでるの?」

「何だよ、今頃。……そうだよ、悪い?」

「6年生でママはないって!」

 華鈴にケラケラと笑われた。人のことを笑うタイプではないと思っていた華鈴に笑われるのはショックだった。

「そんなに笑うなよ……」

「ごめんごめん。ママなんてかわいいね。藤城君って甘えん坊みたい」

「そ。俺は坊やなの」

 皐月は華鈴に母のことをママと呼ぶ理由を話す気にはなれなかった。事情を説明するのは面倒だし、華鈴には弁解して理解を得るよりも、バカにされるくらいの方が気が楽だ。だが華鈴の様子を見ているとそれほどバカにしているようではなく、むしろ自分に好感をもったように見える。

 もう修学旅行の話はどうでもよくなっていた。楽しそうにしている華鈴を見ていると、今はただ話ができるだけでいい。皐月は今の華鈴がクラスで男子と気安く話をしているのか気になっていた。

「なあ江嶋、お前ってクラスで仲のいい男子っている?」

「何、その質問?」

 つい気になっていたことが口から出てしまった。皐月は普段ここまで踏み込んだことを女子には聞かない。

「普通にみんなと仲良くしてるけど」

 華鈴にモナリザのような微笑で軽くいなされ、皐月は少しむきになった。

「じゃあ1組に俺みたいな奴っている?」

「ん? 意味がよくわからないな……」

「俺みたいに江嶋とよくしゃべる奴はいるのかってこと」

「へ〜、気になるの?」

「うるせえな。もういいよ」

 最初は軽い気持ちで聞いただけだったはずが、質問を重ねるごとに墓穴を掘っていき、とうとう本心に気づかれた。恥ずかしくなり、皐月は家を知らないのに華鈴の先を歩き出した。


「いないよ!」

 振り向くと華鈴がはにかんでいた。少し頬を赤らめている華鈴に皐月はドキっとした。6年生になった華鈴は5年生の時よりも女らしく魅力的になっている……今になってようやくそのことに気が付いた。

「私に話しかけてくる男子なんていないよ」

「ほんと?」

「うん」

 悲しいことを言っているはずのに、華鈴の表情に暗さはない。むしろ清々しく感じるのは皐月の錯覚なのだろうか。

「藤城君は相変わらず女の子と仲がいいんだね。仲が良過ぎたから図書室で野上さんに怒られたんだよ」

「はははっ、あん時はちょっとうるさかったかな」

「ば〜か」


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