159 修学旅行のしおり作り
藤城皐月と田中優史が揉めている間、1組の黄木昭弘が一番熱心にしおりを見ていた。昭弘は各年度の表紙のイラストの出来が気になるようで、しおりの中は一切見ずに表紙だけを見ている。皐月は過去のスローガンをメモし終わると、昭弘に話しかけてみた。
「黄木くんって絵が得意だって自己紹介で言ってたよね。写生大会でよく賞を取ってること、知ってるよ。で、もしよかったらさ、しおりの表紙のイラストを描いてもらえないかな?」
昭弘はインドア派なのか、皐月は昭弘が男子の大好きな昼休みのドッジボールに参加しているのを見たことがなかった。一緒に遊んだことがあれば昭弘のことを覚えていたが、ほぼ初見の昭弘との会話はこれが初めてになる。
「いいよ。実行委員に推薦された時からそのつもりだったし」
「ホント? マジ助かるよ、ありがとう」
「アイデアとか全部任せてもらってもいい? 今までで一番いい表紙にしてみせるから」
「わかった。一切口出ししないから全面的に任せる。俺に協力できることがあったら何でも言ってくれ」
優史が協調しない姿勢を見せたので、皐月は他の委員も優史に追従するかと思った。だが、昭弘が力になってくれそうなので、ひとまず安堵した。
皐月は最悪一人で全ての仕事をやるしかないと思っていた。だから、昭弘の助けを得ることで修学旅行実行委員の委員長をやり抜く自信がついた。
残りの委員たちは思い思いにしおりを読み比べていた。しおりは手作りということもあって、年度によって出来栄えに差があるのが面白い。
手書きのページに異様に力の入った年もあれば、全てをパソコンで作って情報量の多い年もある。しおりの表紙がイラストではなく白黒写真になっているものがあるが、皐月はやっぱり表紙は手書きの絵がいいと思った。
文字部分はパソコンで書き、イラストは手書きなのが一番バランスがいい。どの年度も力の入ったしおりになっていて、皐月は自分たちの作るしおりはもっといいものにしたいと思った。
「しおりを見終わったら解散にしよう。家に持ち帰ったら、俺たちもこういうしおりを作るんだって思いながら読んでおこう。じゃ、そろそろ実験台を元の位置に戻そうか」
時刻は16時15分になった。これなら一度教室に戻っても最終下校時間には余裕で間に合う。
優史が委員会に残りたがらなかったのは長時間拘束されたくなかったからだろうか、あるいは委員になったことが不満だったからだろうか。今日は皐月の提案で委員会を延長してしまった。
皐月は今日の失敗をふまえ、自分が委員長になったからにはできるだけ作業時間を短くしたいと思った。そうすれば委員たちの不満を抑えられる。
「北川先生がスローガンを考えておけって言ってたけど、俺は過去のスローガンの言葉をちょっと書き換えて応用してもいいと思うんだ。もちろんオリジナルでいいのができれば一番なんだけどね。スローガンって投票で決めるのかな? まさか先生が選ぶとかないよな?」
「さすがにそれはないんじゃない? 各自一つずつスローガンを考えておけって先生が言ってたんだから」
児童会長の江嶋華鈴が言うのなら間違いないだろう。先生と生徒の距離感は華鈴がこの学校の児童の中で最も敏感だ。皐月は北川先生に悪い印象しか持たれていないので、つい発想が悲観的になってしまう。
最終下校の音楽が鳴り始める前に修学旅行実行委員会は終わった。ほんの10分程度早く終えられただけなのだが、皐月は自分の決めた予定に間に合わせられたことに満足した。
優史が委員会を途中退室したことで、中澤花桜里に余計な負担がかかることが心配だった。皐月は筒井美耶に花桜里のフォローを頼んでおいた。
美耶が花桜里と一緒に帰ると言い、4組の教室で皐月と別れて3組へ消えた。戸が開け放たれた3組の教室から二人の笑い声が聞こえてきた。美耶のお陰で花桜里は優史のようにはならないだろう。




