156 お前その頭で修学旅行に行くのか?
理科室に6年3組の担任で、修学旅行実行委員会を担当する北川先生が入ってきた。みんな一斉におしゃりをやめ、ピリッとした空気に変わった。藤城皐月と中島陽向は慌てて席に戻った。
「遅くなってすまん。それでは、今から第1回の修学旅行実行委員会を始める。今日の予定は委員長・副委員長の選出だ。後で昨年の修学旅行のしおりを実行委員に配るので、明日の朝の会でクラス全員に配布してもらいたい。毎年この学校のオリジナルのしおりを作っているが、今年も作るぞ。後で過去8年分のしおりを見せるから、今年のしおり作りの参考にしてもらいたい」
北川は皐月が五年生の時の担任だった。皐月は北川のこの時の話し方が五年生の時とかなり違っていることに気がついた。担任の時と委員会の時とモードを切り替えたのか、先入観ほど北川が不快ではないことに皐月は安堵した。
「え〜、まずは本題に入る前に自己紹介をしてもらおうかな。クラスと名前、あとどうして修学旅行実行委員になったのかを話してもらいたい。まずは君から」
北川が指差したのは右端に座っている男子だ。
「1組、黄木昭弘。絵が得意ということで、クラスのみんなから推薦されました」
「昭弘は絵が得意なのか。しおりの表紙を描いてもらえると嬉しいな」
皐月は昭弘がなぜここにいるのか、この時わかった。写生大会やクロッキー大会などで、いつも最優秀賞を取っていたのが黄木昭弘だった。皐月も絵を描くのは好きだったので、昭弘の絵を見ていつも敵わないなと思っていた。委員会を通して昭弘と友達になれたら楽しいだろう。
「1組、江嶋華鈴です。私は小学校最大のイベントに関わりたいと思い、立候補しました。よろしくお願いします」
「華鈴は児童会長もやってるな。大変だけど頑張ってくれ」
皐月は華鈴の性格がいまだによくわからない。自己主張が強いのは確かだと思うが、自分の考えを押しつけるようなことはしない。目立ちたがりなところもあるが、少し無理をしているようにも見える。優等生を演じているように見えなくもない。
「2組、水野真帆です。私はクラスのみんなから推薦されました。修学旅行を支える縁の下の力持ちになりたいと思っています」
「真帆も児童会だな。頼りにしてるぞ」
皐月は真帆のことをあまりよく知らないが、言葉遣いや立ち振る舞いに華鈴よりキツそうな印象を受ける。未知であるがゆえに、観察対象として興味深い。
「2組、中島陽向です。僕もクラスのみんなから推薦されました」
「陽向は実行委員になって何かやってみたいことはあるか?」
「楽しい旅行にしたいです」
「いいね。はい、次」
「3組、田中優史です。みんなの思い出に残る修学旅行にしたいと思い立候補しました。よろしくお願いします」
「優史、ありがとう」
優史とはクラス対抗の遊びで戦うこともあるが、毎回参加しているわけではないので印象が薄い。あまり球技が上手くないので、おそらく人数合わせで駆り出されているのだろう。真面目でおとなしそうに見える。どうして優史が実行委員に立候補したのか、皐月にはよくわからない。
「3組、中澤花桜里です。楽しい修学旅行にしたいと思い立候補しました。よろしくお願いします」
「花桜里もありがとう」
花桜里の話は美耶から少し聞いたことがある。美耶は豊川に引っ越してきた時、花桜里にはずいぶん世話になったらしい。家が近いらしく、一緒に下校したりお互いの家に遊びに行ったりしているようだ。
「4組、筒井美耶です。私はクラスのみんなから推薦されました。一生の思い出に残る修学旅行にしたいと思います」
「きっと美耶の一生の思い出になると思うぞ。はい、次」
「4組、藤城皐月です。僕も推薦されました。最高の修学旅行にしたいと思います」
北川はすぐに返答をしなかった。北川の顔から笑みが消え、沈黙が流れた。
「藤城、お前その頭で修学旅行に行くのか? 旅行までに黒く染めておけ」
和気藹々と進んでいた修学旅行実行委員会だったが、ここに来て急に緊迫した空気に変わった。皐月は自分だけ名字で呼ばれたことに北川の強い嫌悪を感じた。
皐月は五年生の時から北川に好かれていなかった。だから、もしかしたらこういう展開になるかも、とある程度は予想していた。北川の言ったことに特に驚きはなかったが、実際にいきなり自分のことを否定されると、悲しくなる以上に反発したくなってくる。
「髪の毛の色についてですが、担任の許可はもらっています。校長からは格好いいと褒めてもらいました。だから黒く染めるつもりはありません」
皐月は勝負に出た。自分のクラスの野上実果子の茶髪を黙認しているような奴に文句を言われる筋合いはない。
本当は担任の前島先生からの許可は得られていない。ただ北川のように注意はされなかったし、校則で禁止されているわけでもなかったので、皐月は黙認されていると解釈している。もし北川から何かを言われても、前島先生ならきっと自分を守ってくれると信じている。




