155 理科室
修学旅行実行委員を担当しているのは、6年3組の担任の北川先生だ。実行委員の八人はすでに集合しているが、北川先生はまだ理科室に来ない。どうせすぐに来ることは誰もがわかっていたので、席に着くことにした。
理科室の実験台は固定されたシンクを挟んで2台のテーブルが連結されている。シンクとの連結を外し、キャスター付きのテーブルを移動させ、教師用実験台を囲むように4台のテーブルを並べた。1台のテーブルは二人掛けなので、クラスごとに分かれて着席した。
この配置を提案したのは児童会会長の江嶋華鈴と、2組で児童会書記をしている水野真帆だ。児童会でときどき理科室を使用することがあるので、テーブルの使い勝手をわかっている。藤城皐月はこの初めて見るギミックに興奮した。
「こうやって弧を描くように並べると格好いいな! 国際会議みたいだ」
「クッサい会議」
「うん、国際会議」
「ギャハハハハッ!」
藤城皐月と2組の中島陽向がくだらないことを言いあって爆笑しているのを尻目に、女子の委員たちは黒い天板の実験台の下から背もたれのないスツールを引き出して座り始めた。皐月と陽向は座るとすぐにキャスター付きのスツールを滑らせて遊び始めた。
陽向と皐月は三・四年時の同級生で、今は昼休みに行われるクラス対抗のドッジボールなどでよく対戦するライバルだ。陽向は2組では博紀のような、男子の中心的なポジションにいる。
「4組は月花が実行委員をやるのかと思ってた。あいつって、こういう先生に受けのいいことやりたがるタイプじゃん?」
「最初は博紀がやるって言ったんだけど、俺が代わってやったんだ。あいつ、サッカーの方が忙しくなったんだって」
陽向は博紀の性格を少し誤解しているようだ。博紀は先生受けのすることをやりたがるタイプではない。
博紀は皆が嫌がることをやらなければいけないと思う奴だ。その場の空気が悪くなる前に引き受けるので、目立ちたがり屋に見られることもある。ここで皐月は陽向に博紀のことを弁護してやろうと甘いことを思ったが、そこまでしなくてもいいかと思い直した。
「それより、中島が修学旅行の実行委員やってる方が不思議だわ。お前って、運動会の実行委員やってたよな? 実はお前の方が博紀より目立ちたがり屋なんじゃね?」
「修学旅行も実行委員をやれって、みんなに押し付けられたんだよ。運動会の実行委員をやったんだから、修学旅行もやれだって。ひでぇよな〜」
「はははっ。お前、人望があるんだよ。喜べ」
筒井美耶は3組の中澤花桜里とおしゃべりを始めた。二人は五年生の時に同じ1組だったので、仲がいい。花桜里は5年1組の時は優等生で、奈良県から転校してきた美耶のお世話をしてくれた子だ。
「まさか美耶ちゃんが実行委員やるとは思わなかったよ。こんな目立つ委員なんてよくやろうと思ったね」
「成り行きでやる羽目になっちゃった。最初は晴香ちゃんがやるはずだったんだけど、なんか途中で嫌って言い出して、それで私に代わってって言われちゃって……」
「何それ? ひどくない?」
「晴香ちゃんはね、好きな子が実行委員になったから立候補したんだけど、その男の子が藤城君と代わっちゃってね、それでやりたくないって言い出したの。で、私が代わりにやることになっちゃった」
「ああ、月花か……。で、藤城君に変わったんで、美耶ちゃんが押し付けられたってわけだね。なんか聞いてるだけで腹が立ってきた」
「そんな、いいのよ。私もちょっと実行委員やってみたいなって思ってたから」
「やってみたかった? 美耶ちゃん、嘘つかなくてもいいんだよ。私、知ってるから」
美耶が皐月のことを好きなのは六年生の間では有名な話になっている。男子と一緒にドッジボールやサッカーをやる美耶は他のクラスの男子からの注目度が高い。狸系の愛嬌のある顔なのに身体能力が異常に高いので、美耶に心を寄せている男子は少なからずいる。そして、美耶の好きな男子が皐月だということもバレている。




