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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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109 『羅生門』

 藤城皐月(ふじしろさつき)は体を隣の席に向け、二橋絵梨花(にはしえりか)の読んでいる本を見た。それはハードカバーの本で、紙面の上部にイラストが描かれているものだった。

 本文の漢字にはルビが振られていた。絵梨花にしては少し幼稚な感じに思えたので、後で何の本を読んでいるのか聞いてみようと思った。

 右を向くと、岩原比呂志(いわはらひろし)はまだ問題を解いていた。比呂志ならこういう時、鉄道関係の本を読むだろう。

 皐月の後ろで、比呂志の隣の席の吉口千由紀(よしぐちちゆき)もまだ問題を解いていた。千由紀はいつも川端康成(かわばたやすなり)の文庫本を読んでいるので、きっと今日もそうだろう。

 テストが始まって15分も経つと、解き終わる子も増えてきた。先生の前に児童が列を作って並ぶようになり、教室内も少しざわついてきた。

 千由紀と比呂志も解き終わって席を立ったので、皐月は隣の席の絵梨花に何の本を読んでいるのか聞いてみた。絵梨花はまだ問題を解いている子に配慮して、黙って本を手渡してくれた。

 その本は少年少女日本文学館シリーズの『トロッコ・鼻』だった。芥川龍之介あくたがわりゅうのすけの作品を集めたもののようだ。

「どの話を読んでたの?」

「今読んでいるのは『羅生門(らしょうもん)』。読むのは何度目になるかな……」

 少し顔を近づけなければ聞き取りにくいくらいの小声だ。

「二橋さんって、同じ話を何回も読むの?」

「読むよ。だって回を重ねるごとに理解が深まって面白くなるから。藤城さんは一度読んで終わり?」

「小説はほとんど読まないから何も言えないけれど、確かに漫画は何度も繰り返して読むかな。台詞とか覚えちゃうよ」

「小説も漫画も同じだよ」


 千由紀が席に戻って来て、机の中から文庫本を取りだした。ブックカバーがされているので、今日は川端康成の何の本なのかわからない。皐月は絵梨花と話を続けた。

「芥川龍之介って知ってるけど、読んだことないな……教科書に出てきたことってあったっけ?」

「教科書には載っていないみたいだよ。戦前の小説は言葉が難しくて表現も古いから、最近の小学校では習わないって塾の先生が言ってた」

 皐月は絵梨花に手渡された本の最初に載っている『羅生門』の冒頭を読み始めた。

 イラストだと思っていたものは頭注の挿絵で、羅生門が平安京のどの位置にあったかとか、揉烏帽子(もみえぼし)が絵と共にどんな材料で作られたかまで説明されていた。

 本文は漢字のすべてにルビが振られているだけでなく、本文中の語句に用語解説も書かれていた。これなら知らない漢字や言葉に詰まったり、飛ばし読みをしなくても読み進められる。


「俺、漢字超得意だから、難しい漢字がいっぱい載ってる小説って面白そう。蟋蟀(こおろぎ)とか、ルビがなくても余裕で読めるんだけど……あれっ? ここではコオロギじゃなくてキリギリスって読ませるのか。……でも、やっぱり読めない字も多いな……薪の料(たきぎのしろ)とか。(たきぎ)なら読めるけど(しろ)なんて読めねーよ。意味は材料の料なんだろうけどさ……」

「昔の文学作品って表外(ひょうがい)読みが多いからね」

 皐月が夢中になって『羅生門』を読んでいると、珍しく千由紀が皐月たちの話に入ってきた。千由紀から話の輪に入ってくることは本当に稀で、今の席順になるまで見たことがなかった。

「吉口さん、表外読みって何?」

「常用漢字表に載っていない読み方のこと。時々クイズ番組に出てくるよ。小学校で習う難読漢字ってことで、インテリ芸能人でも結構読めなかったりする」

「吉口さんは読めるの?」

「漢字だけ単体で出されると難しいけど、小説の中だったら前後のつながりで大体読めるよ。でも薪の料(たきぎのしろ)は読めないな……」

 話を聞いていると千由紀の漢字力のレベルの高さがわかり、皐月はさっき漢字が得意だと言ったことが恥ずかしくなってきた。


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