151 鉄道オタク
藤城皐月は吉口千由紀と神谷秀真の間を取り持ち、早めに千由紀の荒魂を鎮めにかからなければならなくなった。
「まだ行きたい所がいっぱいあるんだけどな……全部言っていい?」
「今ここで? せっかくみんなでガイドブック見てるんだから、そういうのは後にしてくれない?」
「秀真、飛ばし過ぎだぞ。吉口さんが困ってるじゃないか」
秀真は基本穏やかだが、ときどき暴走する。今は秀真にその悪癖が出てしまったので、皐月は慌ててブレーキをかけた。秀真と二人の時はこういう性質も面白くて好きなのだが、第三者が大勢いるとオタク気質は嫌われることがある。
「あっ……ごめん。ちょっとテンション上がり過ぎちゃったみたい」
「……いいよ。私もちょっと感情的になっちゃった。私も木嶋坐天照御魂神社のことに興味がないわけじゃないんだけど……。神谷君の話は面白かったし、もっと詳しく知りたいって思ったから、また教えてね」
「ホント? もちろんいいよ。僕の話聞いてくれるんだね。それにしても吉口さん、よく神社の名前覚えられたね。凄いよ!」
千由紀に笑顔が戻り、二橋絵梨花や栗林真理もホッとしているようだ。皐月でさえ辟易することがあるのに、あの秀真を立てる度量を見せた千由紀には感心した。
「神谷氏、今言った長い名前の神社ってどこにあるの?」
比呂志は千由紀のように神社名を覚えていなかった。皐月も覚えていない。
「太秦。確か近くに映画村があったね。木嶋神社の最寄り駅は『蚕ノ社』っていう駅だったかな。木嶋神社は蚕ノ社とも呼ばれているから、同名の駅で印象に残ってる」
「蚕ノ社駅か……」
比呂志が『るるぶ』を手元に寄せて交通機関の地図に目を走らせた。ひったくられた真理が比呂志をキッと睨んだ。
「……京福電鉄嵐山本線か! 嵐電は一度乗ってみたいと思っていた路線だ。嵐電はモボ21形がレトロで、観光客に人気があるんだ。だけど、僕はどちらかといえばモボ101形の方が作られた感がなくて好きだな。また京福電鉄嵐山線は京都で現存する唯一の併用軌道っていうのもポイントが高いね」
「うぇ〜っ、なんかこの班って濃くない? で、併用軌道って何なの? 専門用語言われたってわからないんだけど」
真理が比呂志から取られた『るるぶ』を取り返して聞いた。
「併用軌道とは簡単に言えば路面電車のことで、僕たちが知るところだと豊橋鉄道の市内線がそうなるね。JR飯田線や豊橋鉄道渥美線のように、僕たちが知ってる普通の線路のことは専用軌道って言うんだ。つまり併用軌道とは、自動車と併用して走らせる軌道のことなんだ」
「豊橋に路面電車あるんだったら、わざわざ修学旅行で路面電車に乗りに行かなくてもいいでしょ?」
「いやいや、そういうことじゃないんだよ。京福電鉄嵐山線に乗るってことに価値があるんだ。それに嵐電は専用軌道から併用軌道になったりして変化に富んでいて、車窓が面白いんだよ。ネットでは広隆寺の山門前の路面を走っている写真が映えるってことで有名だ」
比呂志は秀真よりも早口でまくし立てる。
「広隆寺ってあの弥勒菩薩半跏思惟像があるお寺のことだよね? 岩原さん」
「そうなの? ちょっと僕はそっち方面には詳しくないから……」
比呂志は絵梨花に聞かれた弥勒菩薩半跏思惟像のことがわからなかった。皐月もわからなかったので比呂志のことをフォローできない。
「広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像は国宝第1号なの。教科書や資料集には載っていないけど、参考書にはカラー写真付きで掲載されているよ」
「絵梨花ちゃん、よくそんな細かいことまで覚えてるね? ヤバッ!」
「私、歴史好きなんだよね〜。弥勒菩薩像か……中性的ですごく美しいの。見てみたいな」
絵梨花は『るるぶ』の広隆寺の紹介が載っているページを開き、比呂志の言う広隆寺が絵梨花の思う広隆寺と同じことを確認した。そこには弥勒菩薩半跏思惟像の写真が載っていたので、真理と千由紀と一緒に見ているところへ皐月と秀真も覗き込んだ。
弥勒菩薩半跏思惟像は小さな写真だった。それでも自分が知っている仏像とは全然違う、艶めかしい姿をしていた。
「でも二日目に法隆寺に行くんだよね。もしその時に中宮寺にも行くんだったらそっちにも弥勒菩薩像があるし……。藤城さん、二日目の訪問先って知らない?」
「法隆寺に行くってことは知ってるけど、法隆寺のどこを見るかまではわかんないな……」
皐月は修学旅行実行委員になっただけで、修学旅行の詳細をまだ何も知らなかった。




