146 小学校生活のピーク
修学旅行初日の班行動の話し合いの中で鉄道の話題が出て、藤城皐月と岩原比呂志はテンションが上がっていた。
「行き先も決まっていないのに何二人で盛り上がってんだよ。京都なんて行きたいところがたくさんあるんだからさ、絞り込むのが大変だぞ。ちょっと考えただけでも、10カ所くらいすぐに頭に浮かんできたわ」
オカルト好きの神谷秀真が憤慨気味に話題を変えた。確かにその通りで、班行動の時間はそんなに長くはない。仮に3班の六人が一か所ずつ行きたいところを主張しても、全てを回り切れるかどうかわからない。
「そうだよな……給食を食べ終わったら、京都のどこを回るか少し考えた方がいいかもな。みんな昼休みって何か予定ある?」
「私はいつも通り勉強するつもりだけど、男子は外で遊ぶんでしょ? 皐月なんか一番遊びたいくせに」
「そりゃ遊びたいけどさ……」
皐月はちょっとした時間でも受験勉強を頑張っている栗林真理を邪魔したくなかった。きっと二橋絵梨花も真理のように勉強をするだろう。吉口千由紀はいつも通り読書をするに違いない。
「今日、他の班のみんなどうすんだろうな? なあ皐月、訪問先決めるのなんて、総合の時間でやればいいんじゃないのか? バーッってアイデア出して、ガーッって決めちゃえばいいじゃん」
「僕が行きたいのは京都鉄道博物館だけど、さすがにこれは個人的な趣味だから、修学旅行でみんなを連れて行くわけにはいかないよね。まあ藤城氏なら行きたいって言ってくれると思うけど、今回は遠慮した方がいいかな」
秀真は行きたいところがあり過ぎるだろうし、比呂志は何もかもが明快で自己完結している。
「敢えて話し合わなくても、各自がどこに行きたいか妄想しておけば十分だと思う。それに総合の授業は明日だから、それまでは家でゆっくり考えたっていいんだし。だから藤城君たち、今日は外で遊んでくればいいんじゃない?」
千由紀らしい冷静な考え方だ。皐月は実行委員だからということで少し気張っていたけれど、千由紀が班長らしく仕切ってくれて助かった。
「じゃあ私は図書館で京都のガイドブックでも見てこようかな。歴史の勉強にもなるし」
「あっ、私も行く。絵梨花ちゃんは相変わらず抜け目がないね」
「ちょっとテンションが上がっちゃって。でも受験勉強とあまり関係ないんだけどね」
「いいんだよ。周辺知識が記憶を強固にするんだから」
ずっと一人で勉強していた真理が絵梨花と楽しそうにしている。皐月は真理が友人と談笑している姿を見られて嬉しかった。一学期の真理は誰も寄せ付けないような空気をまとっていたので、今の真理の姿を想像できなかった。
「二橋さんや真理が考えてることなんて、他のクラスの奴らも同じことを考えているに決まってる。早く食べないと先を越されちゃうぞ。俺、掃除を早めに終わらせて先に図書館行ってるから、何冊か本をキープしといてやるよ」
「ホント? ありがとう。こういう時、皐月は頼りになるね〜」
「借りる本は一冊だけにしないと、他に調べたい人に迷惑がかかるよ」
真理には褒められ、絵梨花には窘められた。皐月は窘められたことで絵梨花との距離が縮まったと思った。
「藤城君はみんなと外で遊ばないの?」
「そうだな……遊ぶのもいいけど、図書室もいいかなって思って。家でネットで調べるよりも、図書室でみんなと調べ物をするのも楽しそうだし。それに吉口さんが読んでいる『雪国』が置いてあるかどうか確かめてみたい。もしあったら『雪国』借りようかな」
皐月は最後に残った巨峰の皮をむいて、二つまとめて口に放り込んだ。皮をむいた時に手についた果汁を服で拭くと、「汚い」と真理に怒られた。絵梨花が机の中からポシェットを取り出して、ウェットティッシュを1枚分けてくれた。
「二橋さん、なんでウェッティー持ってんの?」
「トイレタリーはいつも持つようにしてるよ。なくて困ることもあるし」
「私そんなの持ってないよ」
「私も……」
「真理と吉口さんは女子力低いな! じゃあ俺、先に掃除をしてくるわ。ゆっくりメシ食ってていいぞ」
皐月が席を立つと隣に座っている真理から左の横っ腹に軽くストレートを入れられた。真理はその時、果汁で濡れた指を皐月の服で拭いていた。皐月は真理のがさつで抜けているところが愛おしかった。
皐月はこの班で修学旅行に行けると決まり、本当に嬉しかった。今が小学校生活のピークなんじゃないかと思えるほど楽しい。趣味の合う友達、かわいくて賢い女の子たち……これ以上の幸せな組み合わせはない。
他のクラスの教室の中を見ると、まだみんな給食を食べている。皐月は自分の早い行動が正しいと確信した。誰にも図書室に先着されないよう、皐月はまだ誰もいないトイレの便器の掃除を始めた。




