145 班長は文学少女
給食の時間になっても藤城皐月たちの3班は修学旅行の班長を決めていなかった。すでに班長を決めた班もあり、何人かが修学旅行実行委員の筒井美耶のところに報告に来ていた。皐月は昼休みになる前に班長を決めたかった。昼休みはみんなと外で遊びたいからだ。
今日の献立はメインディッシュが鯵の唐揚げで、副菜がほうれん草ともやしの胡麻和え。汁物は茄子と冬瓜の味噌汁で、デザートに巨峰が2粒ついている。主食が麦ごはんなのに牛乳もついてくる。
味噌汁に入っている茄子を嫌う児童が多く、茄子を入れないでほしいという子がたくさんいた。茄子が多く余っていたので、皐月は苦手の冬瓜を少なめにしてもらい、茄子を多く入れてもらった。
「ねえ、誰か修学旅行の班長やりたい子いる?」
給食を食べ始める前に、皐月は班のみんなに聞いてみた。やりたいと即答する子は誰もいなかった。
「俺、実行委員の仕事があるから班長できないんだよ。でも誰もやらないんだったら俺がやってもいいんだけど……。たぶん班長の仕事ってそんなにないと思うし」
「実行委員と兼任だと大変だよね。藤城さんにそこまで負担をかけたくないから、私やろうか?」
学級委員の二橋絵梨花が消極的ながらも立候補した。絵梨花は学級委員を決める時も女子が誰も立候補しなかったので、自分でよければと立候補した。
「学級委員の仕事は大丈夫?」
「ん〜、よくわからないけど、実行委員が頑張ってくれるんだったら学級委員の出番はないかもしれないね」
「そうだな……前島先生は俺たち実行委員が修学旅行を仕切れって言ってたから、たぶん修学旅行で学級委員は特にやることないと思うよ」
こうなることを予想して、皐月は先生にあらかじめ学級委員が班長をやってもいいか確認を取っていた。
皐月は最初から絵梨花が班長に立候補してくれることを当てにしていた。絵梨花は有能だから、少しくらい負担が増えても涼しい顔をしてこなしてくれるだろう。
鯵の唐揚げを前にした皐月は食欲を我慢できなくなっていた。とりあえず食べようと言い、みんなで給食を食べ始めた。しばらく無言で食べていると、吉口千由紀が意を決したように言葉を発した。
「私、班長やってみたいんだけど……いいかな?」
普段の千由紀は積極的に人と関わろうとする子ではないので、みんな驚いていた。皐月も千由紀が班長をやりたがるとは思っていなかった。しかし、せっかくだから千由紀の気持ちを尊重したいと思った。
「吉口さん、班長やってみたいんだ。まだ二橋さんで決定ってわけじゃないから、吉口さんにやってもらってもいいかな?」
皐月は絵梨花に甘えて、班長の決定を曖昧にしたまま給食を食べ始めたことを反省した。だが優柔不断が結果として千由紀の積極性を引き出すことになった。
「やりたい人にやってもらうのが一番いいと思うよ。私も班長をやってみたいって気持ちはあるんだけど、学級委員の仕事があるかもしれないし、班長は吉口さんにお願いしたいな」
「二橋さん、ありがとう。じゃあ吉口さん、班長お願いっ!」
「謹んでお引き受けいたします」
「なんで恭しい言い方してんだよ。でも助かった。誰もなり手がいなかったら俺、岩原氏に頼もうって思ってたんだ」
「ゴホッ……どうして僕が?」
牛乳を飲んでいた比呂志がむせながら答えた。
「だって岩原氏、鉄道に強いから移動ルートとか完璧に組んでくれそうじゃん」
「鉄道なら得意だけど、バスは守備範囲じゃないから、あまり自信がないな……」
「大丈夫だよ、岩原氏なら。時刻表を見ることは鉄道と変わらないじゃん。班長じゃなくても、移動のプランは岩原氏に頼っちゃうからな。俺、バスにもちょっと興味あるから一緒に調べようぜ」
「了解。バスの路線図を頭に入れておかないといけないね」
「路線図か……萌えるな!」
「オタクが二人もいると助かるわ」
栗林真理が巨峰の皮をむきながらシニカルに言い放った。皐月は慣れているけれど、比呂志は真理に少しビビっていた。
皐月は真理が自分をオタク呼ばわりする時、いつも敬意が込められていることを知っている。真理は感謝の表現が屈折しているのだ。




