144 修学旅行実行委員の初仕事
6年4組の朝の会はその日の日直の男女が一人ずつ登壇して始まり、日直はマニュアルに沿って朝の会を進行する。
朝の会のマニュアルは職員室前の集配ボックスから持ってきた学級日誌の表紙の裏面に貼付されているので、それを参照すれば誰でも会を進行できるようになっている。
「これより朝の会を始めます。おはようございます」
「おはようございます!」
「では健康観察をします。浅見寿々歌さん」
「5!」
「岩原比呂志君」
「4」
このクラスでは朝の健康観察の時、一人ひとりに声をかけて自分の体調を5段階の自己評価で答えることになっている。時間短縮のために数字だけを言うのがルールで、語尾に「です」などの丁寧な言葉をつける必要がない。
自己評価が「2」以下の児童には保健委員が声をかけ、具体的にどんな風に調子が悪いのかを聞く。二人の日直のうちの一人が一人ひとりの自己評価を学級日誌に書き込む。この評価シートが生徒の変化を読み取るのに役に立っていて、先生は気になる児童に声をかけるようにしている。
健康観察を丁寧に行うのに時間を多く使うため、前島先生のクラスでは今までのクラスで行っていた「学級目標」の唱和や、「今日の目当て」の発表が省略されている。「今日の目当て」を考えなくてもいいことは日直にとっては福音で、この方針のお陰で6年4組では日直を嫌がる児童が少ない。
この後、学級委員から今日の予定が発表される。次に委員会や係からの連絡事項があればクラス全員で確認する。今日からは修学旅行の前日までは修学旅行実行委員からの連絡事項が多くなる。
修学旅行実行委員の藤城皐月は自分の席を立った。わざわざ日直の横に登壇はしない。
「修学旅行実行委員から二点連絡事項があります。まず一つ目ですが、昨日決めた班の班長を今日中に決めておいてください。班長が決まったら実行委員の筒井まで報告をお願いします」
筒井美耶が席を立ち、再度クラスに呼びかけた。顔に緊張の色が浮かんでいた。
「今日の放課後に修学旅行の実行委員会に班長の報告をしなければならないので、帰りの会までに報告をお願いします」
美耶がホッとした顔で席に着いた。美耶は休憩時間になるとうるさいくらい声が大きくなるのに、この時は声が小さく震え気味だった。
残りの連絡事項は皐月が伝えることになっている。人前で話すのは皐月が引き受けると、二人の間で決めていた。
「もう一つ連絡事項があります。修学旅行の初日の京都での班行動の行き先を、ざっくりとでいいので考えておいてください。学校側からモデルコースを用意してくれるそうですが、一応、行きたい場所があればどこに行ってもいいことになっています。明日の総合の時間に班ごとの訪問先を決める予定になっているので、その時の話し合いがスムーズになるよう、準備をしてもらえると助かります。よろしくお願いします」
話題が今一番ホットな修学旅行ということで、教室内が少しざわついた。どこに行ってもいいということが児童たちの期待を膨らませている。
「質問!」
学級委員の月花博紀が手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「班長ってどんなことをするんですか?」
「どんなことって……どんなことだっけ?」
皐月は昨日先生からもらった実行委員のマニュアルを見直した。そこには班長の役割について書かれていなかったが、メモで「班長・スマホ」と書かれたのを見て、昨日の放課後に前島先生から聞いた話を思い出した。
「班長の仕事は……各班にスマホが支給されるので、そのスマホを使って先生と連絡を取ることです。訪問先に着いた時と、訪問先を出る時にメッセージを送ったり、何かあった時に連絡を入れたりすることが主な役割になります」
教室のあちこちで「スマホ使えるのかよ」とざわめいた。学校はスマホ持ち込み禁止なのでみんな驚いているようだ。
「そのスマホって SNS は使えるの?」
4組でインスタのフォロワーが最も多い新倉美優から質問が出た。美優は松井晴香とは別系統の人気者の一人だ。性格が晴香よりも穏やかなので、女子の間だけでなく、男子からも人気がある。
「ごめん、よくよくわかんない。今日の実行委員会で教えてもらえると思うんだけど、先生何か知ってますか?」
連絡事項を伝達するだけでいいと思っていた皐月はたまらず前島先生に助けを求めた。
「SNS は使えません。学校から支給されるスマホには厳しい機能制限がかけられています。あなたたちが普段使用しているスマホとは別物だと思ってください」
教室中からため息が出た。美優はあからさまに失望した素振りを見せた。
「はい、実行委員の藤城さんと筒井さん、ありがとうございました。日直の二人も御苦労さまでした。席に戻って下さい」
朝の会の最後に先生からの一言がある。日直が席に戻ると前島先生がいつも通りに話し始めた。
「スマホの件で少しお話をしたいと思います。あなたたちがそんなにガッカリすることもないと思いますよ。SNS は使えないけれど、写真は撮り放題なので、みんなが楽しんでいる写真をたくさん撮ってくださいね。あとマップも使えるから、京都で迷子になることはないと思います。普通にネットで検索もできるし、AI も使えます。わからないことや興味を持ったことがあれば、積極的に調べてくださいね。とても勉強になると思いますよ」
児童たちの表情に生気が戻ってきた。写真が撮り放題ということが子どもたちの心に刺さっているようだ。「写真100枚撮るぞ〜」という声も上がっていた。
「スマホの使用に制限はありますが、できることもたくさんあります。昔の修学旅行を思えば今は随分自由になりました。私が小学生の時は班行動もなかったし、好きに写真を撮ることもできなかったんですよ。あなたたちの修学旅行はきっと楽しいものになると思います。あと修学旅行の詳細については実行委員会が作るしおりを配布しますから、修学旅行のしおりができるまでちょっと待っていてくださいね。はい、これで朝の会は終わります。では今から読書タイムです」
児童たちは机の中から本を取り出して静かに読み始めた。最近の皐月は芥川龍之介の『歯車』を読んでいる。今日は修学旅行のことで頭がいっぱいになり、本の内容になかなか集中できなかった。




