135 豊川稲荷でデート
豊川駅前の大通りのスクランブル交差点を渡った藤城皐月と筒井美耶は豊川稲荷の塀伝いの道を歩いていた。
道が狭くて並んで歩けないので、皐月の後を美耶がついて来ている。縦に並んで歩いていると話がしにくいので、つい無言になってしまう。皐月は去年の写生大会の時に、この道を蟻の行列のように一列になって歩いていた。
皐月は通りの向こうの土産物屋の前をよく通るが、塀沿いの道の方は滅多に通らない。この町で育った皐月には車道越しに見る土産物店街が新鮮に映った。少し見方を変えるだけで見慣れた街並みが違う色に見える。
「こうやって見ると、ここも観光地なんだな」
「ちょっと旅行しているみたいだね。さっきまで修学旅行のことを考えてたからそんな風に感じるのかな」
土産物屋の通りはアーケードになっていて、赤・緑・黄色の派手な水引幕が張られている。土産物屋には熊手や達磨、招き猫などの縁起物がずらりと並んでいる。
それぞれの店が陳列に趣向を凝らしているので、見ているだけでも楽しい。近道の塀沿いなんて歩かずに、大回りになっても店の前を歩けばよかった。
豊川稲荷の正面玄関になる総門にはすぐに着いた。この総門は高さ4.5mの大きな門で、その上には銅板鱗葺きの立派な屋根が乗っていて、なかなか重厚な佇まいだ。欅の一枚板で作られた門扉は厚さ15㎝もあり、頭上に祀られている十六羅漢は名工の作といわれている。
「思ったよりも立派な門だったんだね」
総門を見た美耶が妙な感心の仕方をした。
「あれ? 筒井って豊川稲荷に来たことなかったっけ?」
「学校の写生大会で一度だけ来たことがあるよ」
「そうなのか。まるで初めてここに来たようなことを言うんだな」
「前に来たときは何も目に入っていなかったみたい」
「じゃあ何見てたんだよ。お前、適当過ぎるな。ここに初詣に来たりしないのか?」
「私の家はいつも地元の十津川村に帰るから、お正月は豊川にいないよ」
美耶は夏休みに奈良県の十津川村にある祖父母の住む実家に帰っていた。皐月は美耶に十津川の話をいろいろ聞いてみたかったが、2学期が始まってすぐに席替えになり、隣同士だった席が離れ離れになって聞けずじまいになった。
「せっかく家から近いんだから、普段からここに遊びに来たりすればいいのに」
「えっ? 遊びに来るって、ここで何をして遊ぶの?」
「いや、普通に散策したりとかさ……デートなんかいいんじゃない?」
「デートなんて誰とするのよ。藤城君がしてくれるの?」
「今してんじゃん、デート。……まあ俺なんかさ、境内をうろうろしたり、自転車で走ったりしたけどな。あとは肝試しとか探検なんかもしたかな。なかなかいいもんだぜ、お稲荷さんは」
皐月は言ってて恥ずかしくなったので、すぐに話題を切り替えた。バカ丸出しだ。
「ここって自転車で境内に入ってもいいんだ……」
「禁止はされていないっぽいね」
皐月は総門の真ん中に行く手を阻むように立てられた標識を指差した。そこには自動車とオートバイは終日進入禁止と書かれている。
「豊川稲荷が好きな近所の奴らとか、稲高に通っている一部の生徒は普通に自転車で乗り入れてるよ。でも大人がふざけて境内を自転車で走り回っていたらアウトだろうね。ここの若いお坊さんって怒ると怖いぞ」
皐月には剃髪して作務衣を着た若い僧侶がチンピラよりも強そうに見える。
「私の知っているお寺や神社は自転車乗り入れ禁止のところばかりだよ」
「そうなんだ……場所によっていろいろなんだな。そう考えると豊川稲荷は心が広い」
皐月は自転車で入れないお寺や神社があることを知らなかった。皐月はお堂で手を合わせる真似をしながら、月花博紀たちと境内で自転車レースをしていたことを懺悔した。大げさにおどけて、美耶の前でいい子ぶってたことを誤魔化したかった。
「藤城君ってお寺好きなんだね」
「おっ! 筒井ってここがお寺だってことわかるんだ。豊川稲荷の正式名称は豊川閣妙厳寺っていうんだぜ」
「知ってるよ。それにここがお寺だってことくらい、見ればわかるじゃない。でもお稲荷さんっていえば普通は神社だよね。ここって神仏習合が残っているよね」
神仏習合という言葉は皐月が真理の夏休みの自由研究を手伝った時に見たような気がしたが、もう覚えていなかった。美耶には学校の勉強で負けたことがないけれど、お寺や神社の知識は自分よりもずっと詳しそうだ。
皐月は今すぐ神仏習合の意味を調べたかったが、ここでスマホを出して調べるのは恥ずかしい。美耶に尊敬の念を抱き始めたが、プライドが邪魔して美耶に神仏習合の意味を聞くことができなかった。