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藤城皐月物語 2  作者: 音彌
第3章 広がる内面世界
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134 芸妓の子だからね

 窓の下の藤城皐月(ふじしろさつき)を見て笑っている玲子(れいこ)の両脇から臙脂(えんじ)色のセミロングの女性と、(あい)色のロングヘアーの女性が顔を出した。彼女らは玲子のクラブのキャストであり、芸妓の弟子でもある(みちる)(かおる)だ。

「あれ〜っ、皐月なの? 髪切ったんだ。超かわいー!」

「前は女の子みたいだったもんね〜。やっと男の子っぽくなったじゃん」

 ユーモラスな満とシニカルな薫はいいコンビで、クラブでも宴席でも人気があるらしい。

「いいな〜。私も真理ちゃんみたいに皐月を連れて歩きたいな〜」

「あんた、皐月はペットじゃないんだから。それにあの子、真理ちゃんじゃないよ」

「えっ? 嘘? ……あっ、本当だ!」

 筒井美耶(つついみや)栗林真理(くりばやしまり)を間違える満に皐月は苦笑した。

「皐月の彼女だよ、きっと。それに皐月が満みたいなおばさんなんか連れて歩いてくれるわけがないじゃない」

「そんなことないでしょ? 皐月は昔から年上の女が好きなんだから、私のことだって大好きだよ。いつもは明日美姐さんにべったりだけど、いつか私が皐月のこと取っちゃうから」

(明日美のことを今ここで言うなよ)

「明日美姐さんから皐月取り上げたら、あんた殺されるよ」

「その前に百合姐さんに殺されそう」

「満はジジイか、私の相手だけしていればいいのよ」

「薫は私のヘルプにしてあげてるよ」

 満と薫が早口で言い合い始めたので皐月は口を挟めなかった。この二人は仲が良く、喧嘩をしているのかイチャイチャしているのかわからないことがある。


 満と薫は皐月が小学3年の時に芸妓になった。皐月と真理が検番に入り浸っていた頃、よく二人に遊んでもらっていた。満は明るいけれど間が抜けていて、薫は落ち着いていてよく気が利く。皐月も真理も満と薫のことが大好きだった。

「もう、あんたたちは下がってなさい。ごめんね、皐月君。うちの娘たちがバカで」

「ちょっと姐さん、バカなのは満だけでしょ」

「なんで私だけバカなのよ」

「あんた、姐さんがバカって言った意味わかってないでしょ」

「薫だって自分がバカって言われた意味わかってないじゃない」

 満と薫が玲子を挟んでヒートアップし始めた。玲子が二人の頭を手で押さえた。

「はいはいはい。もういいからあなたたちは稽古に戻りなさい。今日はお座敷があるんだから」

「は〜い」「はい」

 玲子に叱られて、おどけている満と薫がかわいかった。ああ見えて、あの二人はかなりやり手の芸妓だ。

「久しぶりに満姉ちゃんと薫姉ちゃんに会えて嬉しかったよ。バイバ〜イ!」

「またね〜」

「今度ゆっくり話そうね」

 皐月が二人に手を振ったので、満と薫も応えて大きく手を振り返した。玲子が一人残り、場がやっと落ち着いた。

「検番に寄っていきたいところだけど、今日は連れがいるからもう行くね」

「二人の邪魔しちゃったみたいで悪かったわね」

「いいよ、全然邪魔じゃないから」

「またおいで、って言いたいところだけど、私はあまり検番には来ないからな〜。たまにはうちのクラブの方にも顔を出しなさいよ。ドリンク1杯サービスするから」

「ドリンクだけ? フードは?」

「そりゃ正規料金を払ってもらうに決まってるじゃない。ナッツとチョコくらいならたくさん食べてもいいよ」

「はははっ。じゃあチョコ食べたくなったら店に寄るよ。バイバ〜イ」


 窓から玲子が姿を消したのを確認して、皐月と美耶は再び歩き始めた。

「玲子さんに筒井のことを紹介できなかったな。満と薫がしゃべりすぎだよ」

「藤城君って芸妓のお姉さんたちとも仲がいいんだね」

「芸妓の子だからね。たまたまそういう環境にいただけだよ」

「クラスでも女の子とよくしゃべってるよね」

「女の人に囲まれて育ったからね。父親もいないし。女の人といる方が自分には自然っていうか、慣れてるっていうか……」

「そうだったんだ。私、てっきり藤城君って女好きなのかと思ってた」

「なんだよ、女好きとか……はっきりスケベって言えばいいのに。でもこういう性格じゃなかったら筒井と席が隣同士になっても、俺から話しかけてなかったぞ」

「……そうだよね」

「そうそう。だから今、俺たち仲良くなってんじゃん」

 この細い路地には銭湯があり、その前に駄菓子屋がある。駄菓子屋の中を覗くと低学年の子が数人いるだけだった。6年生がいたら冷やかされそうで嫌だなと思ってたので助かった。

 駄菓子屋の前を通り抜けるとすぐに駅前通りに出る。普通に家に帰るならここで美耶とはお別れだ。

「満さんと薫さん、綺麗だったね」

「そうか?」

「それに玲子さんもきれいだった。芸妓さんってみんな美人なんだね」

「そりゃ過大評価だよ。きれいに見せるのが上手いんだ」

「きっと藤城君のお母さんも美人なんだね」

「どうかな……別に普通だよ。どうしたんだ? なんか変だぞ、お前」

「藤城君もきれいな顔してるよね」

「はあ? 何言ってんだ?」

「……」


 席が隣同士の頃の美耶はこんな態度を見せなかった。いつも声が大きく、うるさい奴だった。2学期になって席が離れ、一緒に修学旅行実行委員をすると決まった後の美耶はその頃とは別人だ。

 美耶が何も言わないでいると、突き当たりの駅前通りに出てしまった。二人がそれぞれ家に帰るなら、皐月は右へ、美耶は左へ行かなければならない。

 美耶に黙っていられても困るので、皐月は駅前通りの旅館の前にある街路樹の傍らに佇んでもう一度声をかけた。

「遠回りはここで終わりだ。家に帰るならここでお別れだね」

「……」

「もう少し遠回りするか?」

「……いいけど、どこ歩くの?」

「筒井ん()って開運通(かいうんどおり)だよな。豊川稲荷の中を抜けて行こうか。境内抜けて海軍工廠(かいぐんこうしょう)に出れば、家の近くまで行けるよな」

「私は家の近くまで行けるからいいけど、藤城君の家から遠くなっちゃうよ」

「いいよ、俺は。帰りにお稲荷さんで遊んでいくから」

 名刹と謳われる豊川稲荷も皐月にとっては遊び場だ。思春期に入った今では遊び場というよりもデートコースに変わりつつある。

「遊ぶの? 豊川稲荷で?」

「そう。昔から豊川稲荷は俺の遊び場だったんだ。だから気にすんな」

「だったら……もうちょっとだけ遠回りしようかな」

「じゃあ決まりだな」

 二人は豊川稲荷へ向かって歩き始めた。デートに誘った時、皐月は最初から豊川稲荷に連れて行くつもりだった。スクランブル交差点を渡り、総門につながる塀沿いを歩いていると、遠回りという名のデートをしていることになる。


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