132 ちょっといい気になっていた
藤城皐月と筒井美耶は放課後の教室で修学旅行実行委員の打ち合わせをしていた。皐月は漠然とした作業に飽き始め、少し脱線した話をしたくなった。
「そういえば筒井って夏休みに十津川村に行ってたんだよな。車で行ったの?」
「うん」
「めっちゃ遠いじゃん。豊川からだと、何時間くらいかかるの?」
「途中でご飯食べたり休んだりしたから、5〜6時間くらいだったかな」
「長っ! ずっと車ん中だよな。いくら好きな音楽聴きながらでも、そんなに長時間だと飽きるだろ?」
「そんなことないよ。窓の外を見てたらすぐに時間が経っちゃうし、全然退屈しないよ」
皐月は修学旅行の帰りのバスで音楽を流すという案を気にしている。
「それは筒井が車移動に慣れてるからだよ。修学旅行のバスだったら3〜4時間ってとこか。窓際に座る子なら外の景色も見られるけど、通路側に座った子はつまんないんじゃない?」
「……そうだね。家の車だとどこに座っても窓際だからね」
「だからさ、やっぱり何か他にバスの中ですること考えておいた方がいいのかもしれないな……」
空気が重くなった。美耶の顔が憂いに沈み始めた。それが皐月の言葉によるものなのか、責任の重さによるのかはわからない。懸案事項をまた蒸し返したのは皐月だから、暗くなった美耶をフォローしなければいけない。
「とりあえずさ、今日はもう考えるのをやめよう。バスの中でやることはさ、俺がちょっと調べておくよ」
「じゃあ、私も調べてみようかな。藤城君に頼ってばかりじゃいられないし」
「そうか。じゃあ頼むよ。二人でアイデアを持ち寄って考えよう。先生にも相談してみようか」
「先生に甘えたいだけでしょ」
美耶の言葉にドキッとした。皐月は前島先生の唇を見つめていたのを勘づかれたのかと思った。
「ハハッ、バレたか……。先生だけじゃなくて、筒井にだって甘えるさせてもらうからな。そんなことより、そろそろ帰ろうぜ。もうすぐ4時だし、あと15分で閉門になるから」
「うん」
二人揃って校舎を出た。この時期のこの時刻はまだ日が高いし暑い。それでも日差しは少し柔らかくなっているようで、心なしか風も涼しい。秋は少しずつ近づいている。
校門近くのバスケットコートで六年生男子が遊んでいた。他のクラスの男子のグループの中に、同じクラスの村中茂之がいた。
茂之は月花博紀と一番仲のいいクラスメイトだ。博紀の次に運動神経が良く、リーダーシップもあるので、昼休みの行われるクラス対抗の球技ではみんなから頼りにされている。
次に頼りにされているのは隣にいる美耶だ。身体能力だけなら、美耶は男子を含めてクラスで一番だ。しかし、美耶は女子との付き合いを優先しているので、あまり男子の遊びには参加しない。
コートの外に出たバスケットボールが皐月たちの近くまで転がって来た。そのボールを拾った皐月は茂之に投げ返した。
「お前ら仲がいいな。今からデートか?」
「まあね」
珍しく茂之が女の話をしてきた。皐月と茂之は普段クラスであまり話をしないが、クラス対抗戦の時は仲良くなる。
皐月と茂之が話すことはいつもスポーツのことばかりだ。二人とも野球が好きで、中日ドラゴンズのファン同士ということで、野球の話になった時だけは気が合う。
「いいな、モテる奴は」
皐月には茂之が怒っているように見えた。
「いや、デートは冗談に決まってるだろ。俺たち、さっきまで実行委員のことで先生に呼ばれてたんだよ」
「今まで仕事だったのか?」
「まあそんなとこ。残業だな」
「そうか……大変だな。そういや博紀がお前のこと、感謝してたみたいだぜ。実行委員代わってくれて助かったって」
「へぇ〜、あいつがね。俺じゃ博紀ほど上手くやれないかもしれないけど、まあ頑張るわ」
「俺も協力できることがあったら手を貸すぜ」
「ありがとう。筒井が困った時は茂之が助けてやってくれ。じゃあな」
「おう!」
茂之に手を振り、皐月と美耶は校門を出た。美耶と二人で帰ることで、もしかしたら一悶着があるかもと思ったが、茂之が大人の対応をしたことに驚いた。自分なら、好きな女が自分以外の男と一緒に家に帰るところを見たら、穏やかではいられない。
茂之は皐月のことを羨ましいと言ったが、それは茂之の本音だろう。皐月は茂之が美耶のことを好きなのを知っている。皐月はデートと言って、茂之を煽ったことを反省した。
「筒井ん家って開運通だったっけ。通学路ってこっちだな」
「うん」
校門を出ると皐月は左を指差した。通学路は左右に分かれていて、皐月は栄町なので右へ行くが美耶は左へ行く。
「どうせ豊川稲荷の横に出るだろ。ちょっと遠回りして途中まで一緒に帰ろうぜ」
「いいけど……」
「さっき茂が『デートか?』って言ってたじゃん。だったら茂之の言う通りデートしよっか」
「えっ? 藤城君、さっき村中君に冗談だって言ったよね?」
「『デートか?』って聞かれた時、それもいいなって思ったんだ。冗談から駒って言うじゃん」
「それって冗談じゃなくて瓢箪でしょ?」
「意味は同じだし、この言い方の方が面白いじゃん。で、どうする?」
美耶が黙り込んでしまった。皐月は美耶に惚れられていると思っていたので、美耶を誘っても断られるわけがないといい気になっていた。だが、見込み違いだったようだ。茂之に羨ましいと言われて調子に乗ってしまった。
「まあいいや。今日は真っ直ぐ家に帰ろう」
はっきり断られる前に、皐月は自分で幕を引いた。変に仲をこじらせると、修学旅行実行委員の仕事に差し支える。
軽い気持ちで言ったことだから、軽く終わらせてしまうのがいい。その方が自分のダメージも軽くなる……自分の格好悪さに嫌気がさし、皐月は今すぐにでも走って逃げ出したくなった。




