125 修学旅行の班決め
6時間目の学級会が修学旅行の話だと先生から話があった時、教室の空気が一変し、クラス中から歓声が上がった。悲鳴や雄叫びが上がり、立ち上がってガッツポーズをする奴もいた。
藤城皐月は席の近い神谷秀真や岩原比呂志と喜び合った。神社仏閣の好きな秀真や、鉄道の好きな比呂志と一緒に旅行ができるのは楽しい。
隣の席の二橋絵梨花は穏やかに微笑み、前の席の栗林真理と、後ろの席の吉口千由紀は静かに表情を緩めた。皐月と真理が一緒に旅行するのは幼少期の芸妓組合の慰安旅行以来だ。
前島先生はしばらく児童達の喧騒を笑顔で眺めた後、ポンポンと軽く手を叩いて話を続けた。
修学旅行の行き先は京都・奈良で、1泊2日の旅となる。このことはクラスの誰もがすでに知っていた。
初日は新幹線で京都へ行き、班別行動で好きなところを観光することができる。二日目は学級別行動で奈良の東大寺と法隆寺を参拝し、バスに乗って豊川まで帰る。
小学校での宿泊行事は五年生の時にキャンプを経験していたが、修学旅行となると体験学習よりも観光旅行に近い。
「修学旅行は観光旅行ではありません。文化遺産に触れながら、学習を深めることが目的です」
先生からは修学旅行の目的について釘を刺された。だが児童たちにとって初日の、大人のいない友達同士で京都の街を巡る観光が最大の楽しみだ。
教室の空気は京都のどこを回るかよりも、班決めで誰と組めるかの方にみんなの関心が集まり始めた。担任の前島先生もそれをわかっていたのか、真っ先に京都での行動班の班決めをすることになった。
「京都での行動班は先生が決めます。行動班は現在の生活班です」
今度は教室内に微妙などよめきが起こった。生活班とは現在の教室の六人組の班のことだ。
仲の良い友達と同じ班になりたい児童らが口々に不満を漏らしていた。だが、前島先生の断定的な言い方に文句を言える児童はいなかった。この決定に何の不満のない者もいれば、安堵の表情を浮かべている者もいた。
皐月は五年生の時のキャンプでの班決めで、揉めに揉めたことがすぐに頭に浮かんだ。あの時の空気が嫌だったので、先生に班を決めてもらうことに賛成だ。なにより今の生活班が大好きだし、真理と同じ班で旅ができることが嬉しい。皐月にとって、今の生活班は最高の班だ。
そんな中、6班の松井晴香が声を上げた。
「先生、他の班は6人なのに、私たちの班は4人しかいません。私たちだけ班の人数が少なすぎると思います」
6年4組は34人の児童がいて、教室の座席順で生活班が決められている。生活班は6人で一つの班になるが、6班だけは4人で一つの班になっている。34人だと均等に割れないので、どうしても4人の班ができてしまう。
普段の班学習の時は特に支障はなかったが、給食の時間に班ごとに別れて食事をとる時は、他の班に比べて6班だけ少し寂しそうに見える。だからクラスのみんなは6班にはなりたがらず、このクラスでは6班のことを「ハズレ班」と呼んでいる。
「4人の行動班は嫌ですか?」
「はい。知らない街で人数が少ないと心細いです」
「他の3人も松井さんと同じ意見ですか?」
前島先生の意図はわからないが、今の班に何か変化がありそうな気がしたのか、他の3人も晴香の意見に同意した。晴香の隣の席の花岡聡は晴香と相性が悪いので、聡がこの案に最も乗り気だった。
「なるほど。わかりました。では6班は一人ずつ分散して他の班に入ってもらいます。それぞれ好きな班に入って下さい」
クラスがざわついた。晴香たち6班の4人はみんなホッとしていたが、6班だけが好きな友達と同じ班を選べることに不満を漏らす者が少なからず出てきた。
「6班の子に入りたいと言われた班は必ず受け入れてください」
先生の強めの言葉でざわめきが収まった。4人の話し合いはすぐに終わり、それぞれの入れてもらう班が決まった。
晴香は親友の筒井美耶や、大好きな月花博紀のいる2班になった。皐月は聡が自分の班に来るんじゃないかと、ワクワクしながら聡を見た。
聡とは仲が良いし、絵梨花のことを好きだから、皐月はてっきり聡は自分の班に来ると思っていた。だが、聡は今の席で仲の良くなった、前の席の5班を選んだ。
聡に振られたことは皐月にはショックだった。
聡は絵梨花のことを近寄り難いと言っていたので、自分から身を引いたのだろうか。あるいは聡も博紀と同じように、自分のことをやっかんでいて、それで自分と絵梨花が仲良くしているところをの近くで見たくなくて避けたののだろうか。
以前、放課後に聡と二人でバスケをして遊んでいた時、皐月が入屋千智のことを紹介したことがあった。その時から皐月と聡との関係が悪くなった。
皐月は博紀からのやっかみよりも聡からのやっかみの方が根が深いかもと感じていたが、どうやら懸念通りだったようだ。結局、皐月たちのいる3班には、6班からは誰も来なかった。




