124 男子に話しかけられない少女たち
栗林真理に急かされ、藤城皐月は慌てて真理を追いかけた。
「皐月のせいで絵梨花ちゃんまで怒られちゃうんだから、早く行くよ! 吉口さんも行こっ」
「じゃあダッシュな」
真理が教室を飛び出した皐月と千由紀を制止した。
「廊下を走っちゃダメでしょ」
「真面目かよ。早く行こうぜ」
「急かさないでよ。あんたが遅かったくせに」
「もたもたすんな。置いてくぞ」
へらへらと笑う皐月に、真理も笑いながら「バ〜カ」と返す。こういうのは皐月と真理の間ではよくあるやりとりだ。
真理のイライラに皐月が煽りを入れると、真理は喜ぶ。皐月は真理が自分のいたずらなところが好きなのを知っているので、わざとガキみたいなことを言う。
呼吸の合う真理ならわかってくれるが、吉口千由紀と二橋絵梨花にはそんな二人にしか通じないやりとりはわからない。皐月の言わば悪態のような言動で、千由紀と絵梨花に緊張が走った。
「先に行ってもいいよ。私たち歩いて行くから」
絵梨花が放った言葉は思いのほか冷たいものだった。笑顔の消えた絵梨花を見て、皐月はうろたえた。
「……ごめん。じゃあ、歩いて行こうか」
力なく笑った皐月は姿勢を正し、強がって胸を張って音楽室に向かって歩き始めた。すぐ横に千由紀が並び、絵梨花と真理が少し離れて後ろについてきた。
「藤城君、ごめんね。私がつい聞き入っちゃって……」
「いいよ、これは俺が悪かった……。話したいことがいっぱいあってさ、変な感想言っちゃったから、ちょっと恥ずかしかった」
「藤城君って創作側の目線で感想言うから、文集に載ってる読書感想文と違って、すごく面白い」
「吉口さんに面白いって言ってもらえると嬉しいな。先生に褒められるより嬉しいかも」
皐月と真理の掛け合いを見た千由紀は少し怯えていたように見えた。千由紀が五年生の時にいじめられていたという話を聞いていたので、こういう険しいやりとりは反射的にトラウマを想起させてしまうのかもしれない。
今のこのクラスで千由紀にいじめられている様子はない。しかし千由紀が他のクラスメイトと親しくしているところを、皐月はまだ見たことがなかった。本ばかり読んでいる千由紀はそうやって周囲から身を守っているのではないか、と考えたことがある。
そんな千由紀が自分の話に耳を傾けてくれた。皐月はこの時、千由紀に心の壁を感じなかった。この感覚は千由紀が自分に心を許してくれたことだと解釈した。
背後では皐月に聞こえないくらい小さな声で、絵梨花が怪訝な顔をして真理に話しかけていた。
「藤城さんってあんな自分勝手な子だった?」
「あぁ……さっきのあれね。皐月はああいう感情を逆なでするような言い方好きだからね……私は面白くて好きだけど。絵梨花ちゃんからしたら、あまりいい気はしないよね」
「藤城さんがいたずら好きなのは、今まで見てきてなんとなく知ってたけど、さっきのはちょっと言い過ぎかなって思って……」
「皐月は私には遠慮がないからね。きつく言われるほど楽しいし、私はちょっとMっ気があるのかもしれない」
背の高い真理が絵梨花を笑顔で見下ろしていた。
「ふ〜ん。真理ちゃんたちって仲がいいんだね」
「まあ、幼馴染だからね」
「そうだったの?」
「うん」
絵梨花の驚く顔を見て、真理はちょっと得意げな顔になった。
「このことを知ってる子はあまりいないと思う。このクラスだと、知ってるのは皐月と同じ町内の月花くらいかな。月花が誰かに喋ってるかどうかは知らないけど」
「そうなんだ……。真理ちゃんに話しかけるのって、藤城さんくらいしかいないから、ずっと不思議に思ってたの。幼馴染だったんだね」
「わぁ……他に話す子がいないって、私って陰キャ丸出しじゃん。恥ずかしいなぁ、もう……」
「まあ、私も似たようなもんだし、いいじゃない。私だって、普通に話しかけてくる男子は藤城さんくらいしかいないよ」
「絵梨花ちゃんに話しかけられる男子なんてそうそういないでしょ?」
「え〜っ、なんで?」
「だって、見るからにお嬢様じゃん。小学校に白のブラウス着てくる子なんて他にいないよ」
「いいでしょ、これは私の趣味なんだから」
ぷく顔の絵梨花を見た真理はかわいいなと思いつつも、心に波紋が広がるのを感じていた。
「いいな〜、そういう清楚な服が似合うなんて。私なんて怖そうって思われているみたいだから、男子なんて誰も話しかけてこないよ」
「なんかボッチ自慢しているみたいだね、私たち」
「皐月は絵梨花ちゃんにはあんな口の利き方しないと思うから、安心して。皐月がああいう態度をとるのは私だけだから」
苦笑している絵梨花とは対照的に、真理は満面の笑みを浮かべていた。まるで自分が皐月の特別な存在だと誇っているように。




