246 修学旅行のしおりの脱稿
藤城皐月は自分のクラスの4組の原稿の入力から始めた。
この作業はみんながどこに行きたがっているのかがわかって楽しい。記名のある回答が少ないのは仕方がないが、名前が書かれている回答を読むと楽しくなってくる。
二橋絵梨花の楽しみにしている場所は予想通りの東寺だ。月花博紀は二日目に学校全体で行く奈良の東大寺、松井晴香はやっぱり東映太秦映画村だ。SNS 好きの新倉美優は千本鳥居が映える伏見稲荷大社だ。
「水野さん、この作業めっちゃ楽しいね」
「ほんと。この企画は大当たりだと思う。さすがは委員長だね」
「水野さんはどこに行くのが楽しみなの?」
「私は法隆寺の夢殿。聖徳太子が好きなの」
「へ〜。じゃあ古代史が好きなんだ」
「うん。家族旅行で奈良に行ったことがあるよ。でも修学旅行のために、法隆寺に寄っても夢殿だけは行かないで取っておいたの」
「水野さんって面白いね。俺、そういう考え方って好きだわ〜」
水野真帆が顔を赤らめていた。
「委員長、お喋りはやめて入力に専念しましょう」
「大丈夫。だんだん指が温まってきたから。でもここからは無言の本気モードに切り替えるよ」
皐月のタイピングもスピードが乗ってきた。なんとか真帆の半分くらいの速さまでに追いついてきた。皐月が4組の原稿の入力が終わる頃に、江嶋華鈴が職員室から戻って来た。
「スキャン終わったよ。私は画像データを貼り付けやすいように加工しているね。藤城君、私のクラスのアンケートの入力もお願いね」
皐月は華鈴から1組の原稿を受け取って、4組の入力を再開した。真帆は自分のクラスの2組と北川先生のクラスの3組の原稿を打ち込み終わりそうだ。
華鈴の作業も速かった。華鈴の画像の加工と真帆の入力が終わっても、皐月の作業はまだ少し残っていた。
「二人とも仕事早すぎ。俺、一人で足引っ張ってるな……」
「ふふふっ。児童会は伊達じゃないでしょ?」
華鈴が勝ち誇ったように笑っている。稲荷小学校の児童会長と児童会書記は仕事が有能過ぎる。
「私がアンケートの編集をするから、会長はイラストのレイアウトをお願い」
「うん、わかった」
「水野さん、俺は?」
「委員長は会長と一緒にレイアウトを考えて。会長は実務能力は高くても、センスはあまり良くないから」
「あはははは。私、いつも水野さんにダメ出しされちゃうんだよね。そういうわけで、藤城君にレイアウトは任せる。私は藤城君に言われた通り、イラストを配置していくから」
集まったイラストはどれも力作揃いだった。京都・奈良の名所のイラストや、アニメキャラのような美男子の絵、ワンポイントに使いやすい花や小物のイラストがあり、皐月と華鈴は感動していた。
皐月と華鈴の二人はこれらのイラストをページの余白などに挿入していった。誌面のクオリティーがぐっと上がった。
「水野さん、イラストは終わったよ。編集はどう?」
「もうすぐ終わる」
皐月が真帆の作業を見ていると、華鈴が明日以降の打ち合わせをしようと言ってきた。
「明日の中休みと昼休みと放課後にプリントアウトをしようと思うんだけど、藤城君は印刷機の使い方ってわからないでしょ? 私がやっておこうか?」
「いや……それはさすがに悪い。俺も付き合うよ」
「でも、藤城君がいても、やることないよ?」
「そりゃそうかもしれないけど、俺だけ仲間外れにするなよ」
考えてみれば、印刷なんてボタンを押すだけだから、一人いれば十分だ。華鈴の言うことはもっともだ。
「そういうつもりじゃないんだけど……。だって藤城君、休み時間はみんなと遊びたいでしょ?」
「江嶋たちに仕事をさせて、自分だけが遊んでも全然楽しくないよ。それに何か手伝えることがあるだろ?」
「んん〜、とくに手伝ってもらうことなんてないんだけど……。だったら印刷したしおりを児童会室まで運ぶのを手伝ってもらおうかな」
「いいよ。お安い御用だ」
皐月は今回のような大量に印刷する作業をやったことがない。家のパソコンでプリントアウトしたいものがある時は、いつもコンビニでやっていた。こういう事務的な作業というものをよく知らないので、一度経験してみたいと思っていた。
「なあ、プリントアウトしたものって、1冊ずつページ順にまとめなきゃいけないんだよな。それってめっちゃ面倒なんじゃない?」
「ああ……。藤城君の言ってるのってページ単位印刷のことだね。大丈夫。部単位印刷にすればそんな面倒な作業しなくても印刷機が全部やってくれるから」
「へえ〜。そんなことができるんだ」
真帆の入力が終わった。これでしおりの原稿が脱稿した。
「会長。明日は私も立ち合いたいんだけど、いいかな?」
「いいけど、やることないよ?」
「まあ、刷り上がるところが見たいっていう、私の趣味なんだけど。それとも、邪魔だった?」
「何言ってるの、水野さん!」
いたずらっぽい表情をした真帆とは対照的に、華鈴は恥ずかしそうな顔をして、少し怒っていた。そんなやりとりを続けている二人を見ていると、皐月は華鈴も真帆も小学6年生の普通の女の子だな、と思った。
最終下校の時間の5分前になり「遠き山に日は落ちて」が流れ始めたので、慌ててタブレットを片付けて、理科室を出た。
皐月と華鈴と真帆の三人は今日の作業をなし終えたことで、心が軽く安らかな気持ちになった。