244 クラス対抗ドッジボール
昼休みになった。給食を食べ終えたものから続々と校庭へ出ていった。
修学旅行実行委員会のない藤城皐月は大いに張り切っていた。最速で給食を食べ終えようと、あまり好きでない和風ポトフを早食いした。だが、満腹感を得られなかったので、ご飯とおかずのお代わりをしていると、村中茂之が先に食べ終えてしまった。
「藤城、お先に〜。お代わりしてんじゃねえよ」
「あ〜、畜生!」
茂之に先を越されてしまったので、皐月は慌ててお代わりした給食を食べ終えて、ダッシュで校庭に向かった。
ドッジボールは校門の近くのバスケットコートの隣で行われる。ここは校舎に近いので、予鈴が鳴ってから教室に戻るまで時間がかからないのがいい。近くに体育で使われる道具置き場があるのも利点だ。
ドッジボールをする場所はいつもラインパウダーでコートが描かれている。運動会などのイベントがある時はラインを消されてしまうが、学校側の配慮で消さないで残してもらっている。
コートの数は2面あるので、同じ時間に下級生や他のクラスの児童たちもドッジボールをしている。
コートに行くと、茂之以外に3組の男子もすでに来ていた。彼らは3組クインテットと呼ばれる5人だ。ボール3個を使ってドッジをするようになってからは、この5人が連携して一斉に1人を狙う飽和攻撃が必殺技になっている。
「3組の連中、早えなあ〜。気合入りまくりじゃねえか」
皐月は一人しかいない4組の茂之に声をかけた。
「あいつら、一人一人は大したことねえのにな」
「でもコントロールはいい」
「俺たちのクラスで言えば藤城や花岡タイプか。パワーなら俺と月花の圧勝なのにな」
「でも茂之は筒井に負けてるじゃん」
「筒井さんに勝てないのはしゃーないわ。あの子、凄過ぎるから」
皐月が筒井美耶の名前を出すと、茂之は照れたような顔をした。負けず嫌いの茂之だが、美耶に負けるのは悔しくないみたいだ。
「ちょっとボール借りるぞ」
皐月は茂之の持っていたボールをもらい、メンバーが集まるまでドリブルの練習をすることにした。
入屋千智に教えてもらったフロントチェンジはだいぶ上達して、今はレッグスルーの練習もしている。バックチェンジまではできるようになりたい。
「あれっ? 藤城ってバスケできたっけ?」
「最近ちょっと興味持って、練習をしている。だって中学に上がっても、ドッジボール部ってないだろ? 茂之は中学の部活どうすんの?」
「部活か……。俺は野球部かな」
「野球! 本当は俺も野球部がいいんだけど、坊主頭が嫌だから無理だ」
「俺だって五分刈りとか嫌だよ。坊主にしなくてもいい中学が羨ましいぜ」
3組と4組の児童が次々とやってきた。今週の給食当番の月花博紀と筒井美耶はまだ来ていない。人数がある程度揃ってきたので、早速試合開始だ。
4組の主力メンバーも来たので、3組とはなんとか戦えている。少し遅れて花岡聡もやって来た。
コントロールのいい聡が加わると、二人で同時に一人を狙う時の攻撃力が増す。茂之の強力なボールは単独だとかわされることもあるが、受けやすい聡のボールに合わせて茂之が速球を投げると面白いように当たる。
3組クインテットが本気を出し始めると、形成が一気に傾いた。真っ先に茂之が狙われて、逝った。4組のメンバーが次々と当てられ、最後に皐月が一人残った。
「また藤城が残ったよ。あいつってどうやったら堕とせるんだ?」
3組のエースの大嶽颯太がぼやいている。3組クインテットの飽和攻撃でも皐月はなかなか堕とせない。
皐月はボールを避けるのと受けるのが得意で、3人からの一斉攻撃を上手くかわす。3つのボールのうち、1つを確実にキャッチして2つを避ける。3つのボール全てが皐月に命中する軌道で飛んできても紙一重でかわす。
この見切りが皐月の特殊能力だ。これは皐月が3組クインテットのコントロールの正確さを信じているからだ。
皐月が粘っていると博紀と美耶たち給食当番が遅れてやって来た。稲荷小学校のルールでは、途中から内野に加わることができる。
「ゲーッ! 月花と筒井が来た!」
博紀は茂之レベルの速球を投げることができ、しかもコントロールが良い。美耶は茂之よりも強い球を投げ、避けるのが上手い。ただ、ボールを受けるのが苦手という欠点がある。
「皐月、サンキュー。よく耐えてくれた」
「そろそろ疲れで集中力が切れるところだった。助かった〜」
博紀と美耶が来てから形勢が一気に傾いた。聡と茂之の連携に博紀が加わることで撃墜率が上がった。避けるのや受けるのが上手い3組クインテットも、美耶の浮き上がる剛速球で次々と堕とされていく。美耶と皐月のいる4組は強い。
「筒井、お前凄いな」
「藤城君が一人で頑張っていたからね」
「筒井さん、最高だよー!」
皐月の声をかき消すような大きな声で茂之が美耶を賛美していた。皐月は美耶のことが好きな茂之を不快にさせたくないので、美耶からそっと離れた。